モブ子は今日も青春中!

モブは決めました

 『黄昏のロマンス』は、前世の私がしていたPCゲームだ。
 前世のことは曖昧にしか思い出せないけれど、三十路そこそこの独身の私が、唯一癒やされていたゲーム。内容の記憶こそ断片的であるものの、その設定だけはしっかりと覚えている。

 海が見えるちょっとだけおしゃれな街、坂道をのぼった先にある私立高校。それがゲームの舞台。

 入学した主人公を待ち受けるのは、俺様だけど本当は自分を叱ってほしい同級生、チャラ男だけど根は真面目な先生、かわいい系だけど本性は腹黒な後輩、優しく爽やかだけど魔性な先輩といった攻略対象たち。

 すでにお気づきかもしれないが、キャラの二面性を全面に打ち出し、相手の裏の顔まで攻略できたらハッピーエンド、エロエロモードとなるゲームである。


「で、あんたが主人公なわけ?」

 なみが自転車に乗って、ゆっくりと追いかけてきた。
 早足の私にあっという間に追いつく。

「違うよ、主人公は片野優里亜さん。私はただのモブ。」

 そう、私はただのモブなのだ。
 思いっきり外野である。
 優里亜さんは同じクラスの美人さんだ。
 ゲームは彼女を中心にまわる。


「だからこの状況をもう楽しんじゃおうと思う。」

「楽しむって?」

「美女とイケメンたちの恋愛模様を存分に応援する。…このことは内緒ね!」


 これが夏休み中、悩み抜いた私の結論。
 転生してると気づいた時は焦ったし、動揺してジタバタしたりもしたけれど、どうすることもできなかった。今を受け止め、私は私の人生を生きるしかない。せっかくならイケメンたちと青春を謳歌したいところだけれど、見た目も完全にモブな薄味顔だ。

 夏休みの間、兄ちゃんと出掛けては兄ちゃんのお飾りとなり、兄ちゃんに宿題を教えてもらえば自分の能力の低さが明示され、主人公には程遠いことを思い知らされた。

 それでも私は私。自分の思うままに生きていたい。

 私も自転車に跨り、勢いよくペダルを漕ぎ始める。


「…ところであんた、なんで私にそんな話をしたのさ?」

なみの声が後ろから響く。

「だってさ、なみもゲームのメインキャラなんだもん。桜井先生の妹で、先生ルートでの主人公のライバル!」

「はぁ?!」

 なみが素っ頓狂な声を上げる。


「でも私、ゲームしててなみのこといい子だなって思ってて。大好きだったから、優里亜さんとのいざこざなんて見たくなくてさ。」

「…あ、あたしは別にブラコンとかじゃねーし!あんなクソ兄貴のことなんか…」

 明らかに動揺するなみの声に無意識に口角があがる。

「はいはい!だけど、なみが苦しいときはそばにいるし、つらいことがあったら、すぐに言ってね!…へへへ、これからもよろしく!」

 後ろでチャラ男の桜井先生の妹であるなみが、「…何言ってんだよ」と恥ずかしそうに呟いた。


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