モブ子は今日も青春中!

お話を聴きました


「びっくりしたでしょう?私が母親だなんて。」

 ため息をつきながら出ていったかたるくんを見送ったあと、伊吹さんが言った。

「快治さん…、あなたのお義父さんと知り合ったのは私が中学3年生のときだったの。」

 私は脚の上の両手をギュッと握って、伊吹さんの話に集中する。

「快治さんは24 歳、今考えたら犯罪よね。」

 伊吹さんがころころ笑った。

「…でもね、私も快治さんも本気だった。高校1年の時に妊娠が発覚して、結婚を許してもらえて。すごく幸せだったわ。」

 お父さんの話なのに、なんだか実感がわかなかった。お父さんにも、そんな頃があったんだ。


「ただ、覚悟が足らなかったのね。高校を退学して、かたるを育てながら、快治さんの帰りを待つ…。そんな暮らしに孤独を感じて、快治さんとすれ違う日々が続いて…。」

 伊吹さんが、せつなそうに微笑む。

「結局、かたるも、快治さんも失う形になってしまった。…で、私は高校に入り直して、6年遅れで高校を卒業。あの頃は、すべてに絶望していたのだけれど、今は、みんなに感謝してる。」

 伊吹さんは、死にものぐるいで勉強して大学も出て、起業し、今は子ども服の店をいくつか経営しているそうだ。

「私が『子ども服』なんて、笑えるわよね…。でも、あの頃一緒に過ごしたかたるのことは、一生忘れられないし、忘れたくないの。」

 伊吹さんの笑顔に胸が痛んた。
 かたるくんをどんなに大切に思っているのかが、その笑顔から伝わってきた。

 お父さんはかたるくんを連れて、すぐにお母さんと再婚している。
 伊吹さんは、そのとき、どう思ったんだろう。

「あの…、ごめんなさい。」

 私は目に涙が溢れてきて、思わず下を向く。

「伊吹さんの大事な家族だったのに…。」

 私の様子に、伊吹さんが慌てて立ち上がったのがわかった。
 ソファーのこちら側に来て、横に座ると頭を撫でてくれる。

「それは違うの、かなめちゃん。ごめんね、大丈夫。かたるのことは、今でもとても大事に思っているわ。でも、快治さんとはあのときにもう終わっていたの。」

 私は隣に座る伊吹さんを見上げる。

「実はね…、快治さんと別れたあと、ずっと支えてくれた人がいて。」

 伊吹さんが頬にかかる髪を耳にかけた。

「それが桜井くんで。桜井くんは、6個下の幼馴染だったんだけど、高校に復学してからは、同級生として私をいろいろ助けてくれて。」

 カフェで一緒にいた桜井先生を思い出す。

「…私、桜井くんのこと、好きになっちゃったんだ。」

 伊吹さんが微笑む。

「でもね、桜井くんは、私が快治さんに夢中だった頃のことを知ってるから、だめみたい。」

 伊吹さんの笑顔はいつもどこかせつない。

「前に、あなたに言ったことがあったでしょう?『大切な人がいるなら気をつけた方がいい』って。あれは自分への戒めでもあるの。快治さんとのことは後悔してないけれど、桜井くんは私のことを女としては見れないって。」

「伊吹さん…。」

「でも、私、諦めてないわよ!いくら信じてもらえなくても、何度でもアタックするつもり!」

 伊吹さんがじっと私を見据えた。

「だから、あなたも後悔しないように、自分に正直になって。相手があなたを受け入れてくれるなら、そこに向かってまっすぐに飛び込んでみてほしいの。」

 かたるくんの笑顔が頭を過ぎる。

「あなたとあの子、2人ならきっとどんなことでも乗り越えていけるわ。」


 伊吹さんは、そう言ってまた私の頭を撫でてくれた。
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