【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~
「ただいま……」
合鍵で玄関を開けると、家の中はシンと静まり返っていた。
廊下を一歩一歩進むごとに、不安が胸の中を覆っていく。
――しっかりしなきゃ。
花束をギュッと胸に抱きしめて、百合はそっとリビングのドアを開けて中の様子を窺った。
日本酒の甘ったるい匂いがふんわりと鼻先をかすめるように香った。
どうやら鬼嶋はリビングにはいないようだった。
出掛けているのかも……それとも、二階で寝ているとか?
部屋の中に足を踏み入れて二、三歩進んだその時、ソファの陰に誰かがいることに気づいた百合はその場で凍りついた。
ソファの横、フローリングの床に伸びている、長い足……。
恐る恐るソファの陰を覗き見た百合の目に映ったのは、くしゃくしゃにしわが寄った白シャツに洗いざらしの灰色のジーンズをつけて横たわっている鬼嶋の姿だった。
休みの日でも朝からしっかりと身支度を整える彼らしくないその姿。
その原因は、鬼嶋の周囲に散らばっている五、六本ほどの酒瓶に間違いはなさそうだった。
「き……鬼嶋さんッ!」
花束を脇に置くと、百合はペチペチと鬼嶋の頬を軽く叩いた。
――まさか、飲み過ぎで具合が悪くなったとか?
しばらくすると大儀そうに眉を思い切りしかめた後、鬼嶋がうっすらと目を開けた。
二、三度瞬きを繰り返した後、ようやく鬼嶋は目を見開いて百合の顔をジッと見つめた。
「……帰ってきたのか? ゆり……」
まだ眠そうな少しとろんとした瞳。
「はい。……ただいま」
『帰りました』
と続けようとしたのに、次の言葉が出てこない。
床から跳ね起きた鬼嶋の胸に抱きすくめられてしまった百合は驚いて声も出なかった。
「……帰って来てくれたのか……!」
「き……きじま、さん?」
鬼嶋の顔を見上げた百合の頬に、ぽつりと温かい水滴が落ちて、弾けた。
――涙……?
会社でも家でも、鬼嶋のこんな表情は今までに一度も、見たことがなかった。
幾層にも重なった胸の中の寂しさが溶けだしてしまったかのような、哀しい泣き顔だった。
「……もう、帰ってこないかと思った」
「どうして、そんなことを?」
鬼嶋の背に手を回し、大きな背中をさすりながら百合は静かにたずねた。
「君の実家から電話が来たんだ。――百合、君は、昨夜ここに戻ったんだろう?」
涙に濡れた切れ長の目が、百合をじっと見詰めている。
「俺の正体を知って……君はもう二度とここへは戻らないのだと……そう思って」
「……そんなことない!」
自分でも驚くくらい、肚の底から真っすぐな声が出た。
「私……『私』は、ずっとここに戻りたかった。あなたの元に」
「百合……?」
鬼嶋の哀しみに触れ、この人が誰よりも愛しいのだと確信した時。
百合は、自分の感情とは別の『何か』が突然、心の中から湧き出すような感覚にとらわれた。
合鍵で玄関を開けると、家の中はシンと静まり返っていた。
廊下を一歩一歩進むごとに、不安が胸の中を覆っていく。
――しっかりしなきゃ。
花束をギュッと胸に抱きしめて、百合はそっとリビングのドアを開けて中の様子を窺った。
日本酒の甘ったるい匂いがふんわりと鼻先をかすめるように香った。
どうやら鬼嶋はリビングにはいないようだった。
出掛けているのかも……それとも、二階で寝ているとか?
部屋の中に足を踏み入れて二、三歩進んだその時、ソファの陰に誰かがいることに気づいた百合はその場で凍りついた。
ソファの横、フローリングの床に伸びている、長い足……。
恐る恐るソファの陰を覗き見た百合の目に映ったのは、くしゃくしゃにしわが寄った白シャツに洗いざらしの灰色のジーンズをつけて横たわっている鬼嶋の姿だった。
休みの日でも朝からしっかりと身支度を整える彼らしくないその姿。
その原因は、鬼嶋の周囲に散らばっている五、六本ほどの酒瓶に間違いはなさそうだった。
「き……鬼嶋さんッ!」
花束を脇に置くと、百合はペチペチと鬼嶋の頬を軽く叩いた。
――まさか、飲み過ぎで具合が悪くなったとか?
しばらくすると大儀そうに眉を思い切りしかめた後、鬼嶋がうっすらと目を開けた。
二、三度瞬きを繰り返した後、ようやく鬼嶋は目を見開いて百合の顔をジッと見つめた。
「……帰ってきたのか? ゆり……」
まだ眠そうな少しとろんとした瞳。
「はい。……ただいま」
『帰りました』
と続けようとしたのに、次の言葉が出てこない。
床から跳ね起きた鬼嶋の胸に抱きすくめられてしまった百合は驚いて声も出なかった。
「……帰って来てくれたのか……!」
「き……きじま、さん?」
鬼嶋の顔を見上げた百合の頬に、ぽつりと温かい水滴が落ちて、弾けた。
――涙……?
会社でも家でも、鬼嶋のこんな表情は今までに一度も、見たことがなかった。
幾層にも重なった胸の中の寂しさが溶けだしてしまったかのような、哀しい泣き顔だった。
「……もう、帰ってこないかと思った」
「どうして、そんなことを?」
鬼嶋の背に手を回し、大きな背中をさすりながら百合は静かにたずねた。
「君の実家から電話が来たんだ。――百合、君は、昨夜ここに戻ったんだろう?」
涙に濡れた切れ長の目が、百合をじっと見詰めている。
「俺の正体を知って……君はもう二度とここへは戻らないのだと……そう思って」
「……そんなことない!」
自分でも驚くくらい、肚の底から真っすぐな声が出た。
「私……『私』は、ずっとここに戻りたかった。あなたの元に」
「百合……?」
鬼嶋の哀しみに触れ、この人が誰よりも愛しいのだと確信した時。
百合は、自分の感情とは別の『何か』が突然、心の中から湧き出すような感覚にとらわれた。