俺の妻は本当に可愛い~恋のリハビリから俺様社長に結婚を迫られています~
六月に入り、関東地方は梅雨入りした。


灰色の雲を見上げながら、出勤する。

今朝はすずに、頼まれていた資料を届けに行かなくてはいけない。


朝礼終了後、階段で十六階に向かう。

その時、すれ違ったふたりの女性社員の会話がふと耳に入った。


「本当に驚いたわ! 付き合っていたなんて全然知らなかったもの」

「フロアが違えば、あのふたりが知り合いかどうかなんてわからないわよ」

「残念ね。濱田課長、素敵な人なのに! 有力なお婿さん候補が減ったわ」

「お婿さんって……もう無理よ。あんなに堂々と婚約発表されちゃったんだから」

アハハと楽しそうに話しながらヒールの音を響かせ、階段を下りていく。


……今、なんて? なんの、誰の話をしているの?


目の前が真っ白になる。

灰色の無機質な階段を上りきったはずなのに、足元がおぼつかない。


見知らぬ女性たちを問い詰めたい衝動にかられるけれど、姿はもう見えない。

力のない手で灰色のドアを押し開けると、いつもの見慣れた十六階フロアが目に入り、ふらふらした足に力を入れて前に進む。


「沙和!」

企画部の前に厳しい表情をしたすずが立っていた。

気遣うような目を見た時、話題に上がっていた人物が片想いの相手に間違いないと悟ってしまった。


「本当、なの?」

「……知ってたの?」

親友が大きな目を見開く。

「今、噂を聞いて……」


お願い、否定して。


必死の願いも虚しく、すずは痛ましい表情を浮かべ、首を縦に振った。


ドクン。

鼓動が信じられないくらいに大きく響いて、胸が軋む。

涙が盛り上がりそうになり、必死で瞬きをして押し込める。


ここは会社だ、失恋なんて個人的な出来事で泣いていい場所ではない。
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