さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「……ねぇ、いい加減観念して、おれにしなよ?
あいつも勧めてくれてるんだしさ」
茂樹に去られてエレベーターホールに呆然と佇むわたしに、菅野先生は苦笑しながら言った。
「きみのように、うちのおふくろに向かって、あれだけ好き放題言える子って、うちの家にとってはすっげえ貴重なんだよね。
兄貴の奥さんなんて、いつもかわいそうなくらい戦々恐々としててさ。
間に入る兄貴は『自分の妻の肩ばかり持って、結婚すれば苦労して育ててくれた母親なんてどうでもよくなるのね⁉︎』って、おふくろから散々イヤミ言われまくられてるしな」
「それは……昭彦先生の奥さまは昭彦先生のために、お姑さんに言いたいことがあっても『言わない』からですよ」
——そうなのだ。
わたしがあんなに菅野先生のお母様に思いぞんぶん言えたのは……
——菅野先生に嫌われたって、一向に構わないからだ。
これがもし、茂樹のお母さんだとすると……
(まぁ、あの控えめで穏やかなあの人がだれかと言い争うなんて、万に一つもないだろうけど。)
——やっぱ……わたしには言えないわ。
だって、茂樹がだれよりも大切にしているお母さんに対して、たとえそれがどんなに理に適っていることだとしても、思うがままにズケズケ言いたい放題なんて……
茂樹の怒りの地雷源に全力でバンジージャンプじゃん。
——絶対に、茂樹から嫌われる。
嫌われるどころか……軽蔑されてしまう。