さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
昨日、菅野先生のお母様は、母の子どもは一人娘のわたししかいないということで、男の子を産まなかったようにおっしゃっていたが……
——実は違う。
学生結婚をする羽目になってしまったわたしの両親は、ご多聞に漏れず「授かり婚」だった。
だが、その後月足らずして生まれてきた子どもは、医師たちの懸命な処置にもかかわらず、すぐにまた元いた世界へと還って行った。
その子は男の子で、わたしの「兄」になるはずだった。
——無事に生まれて育っていれば……
ちょうど幸生さんと同い年くらいじゃないかな?
わたしは、母と幸生さんがどんな出逢いをして、そしてどんな経緯を経て、今のような形になったのか知らない。
——ぶっちゃけ「娘」としては、父親とうまくいかなくて離婚した母親の、その後の「オトコ事情」なんか、なんだかナマナマしくて聞きたくもないしね。
世の中には娘を「女友達」として見て、恋バナの一つでもしたい母親もいるかもしれないが、娘にとっては母親はあくまでも「母親」であって友達にはなり得ない。
少なくともわたしはそうである。
ハッキリ言って、恋バナは正真正銘の女友達としてほしい。
かと言って、別に「母親らしく」生きてほしいわけでもない。
せっかく独身に戻ったのだから、再び「青春」を謳歌してくれることに対してはいささかの異論もない。
ただ、自分の母親の「オンナの顔」を見たくない、それだけなのだ。
「ねぇねぇ、あの人どう思う?
お母さん、あの人とだったら今度こそ幸せになれると思う?」
そんなふうに自分の父親とのことをあたかも「黒歴史」だったとばかりの口調で言われれば……
——じゃあ、わたしを産んだのも「黒歴史」だったんだ?
と娘が思うかもしれないなんて、夢にも思っていないのだろうなぁ。
きっと全力で「そんなことはない、あなたを産んで本当によかった」と否定するんだろうけどね。
しかし、ありがたいことにわたしの母の脳内は、そんなお花畑満開ではなかった。
ある日突然、母の住むこのマンションに呼び出されて幸生さんを紹介され、
『籍はこれからも入れるつもりはないの。
でも、彼とはずっと一緒に暮らしていくつもり』
と、淡々と告げられただけだった。
——そういえば、幸生さんのご実家は、
「アディドバリュー」だったな……