さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
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「……ねえ、光彩」

幸生さんの丹精込めた絶品タンシチューを堪能したあと、すっかりリビングのソファで寛いでいたわたしに母が声を掛ける。

「また、うちの仕事手伝ってくれない?
法律の力で助けてあげたい女性がいるのよ」

先刻(さっき)までタンシチューや香ばしいバゲッド、そして色鮮やかな野菜のサラダなどが並べられていたはずのダイニングテーブルには、いつの間にか母の書類が舞い戻ってきて所狭しと広げられていた。

ちなみに、食べた食器などの後片付けは幸生さんがせっせとしてくれている。
(いつも手伝うって言ってるのに断られてしまうのだ。どうやら、テリトリーである自分のキッチンに他者を入れたくないタイプらしい。)


「ええっ、助けてあげたい気持ちはあるけど、今は無理だよ。だって、死ぬほど忙しいもん」

——あぁ、ここにもわたしを過労死させようっていう(やから)がいるっ。

しかも、母から頼まれるのは、なんだかいつもちょっと変わったしちめんどくさい「ワケあり」案件ばかりなのだ。


「だから、あんな金の亡者みたいな事務所なんて辞めて、うちに来ればいいのに……」

「人権派」弁護士と呼ばれている母は、大企業相手にがっぽり稼いでいると言われている元夫の法律事務所を蛇蝎の如く嫌っていた。

「三〇歳を過ぎて、やっと責任ある大きな仕事を次々と任されるようになってきたの。
わたし自身は今、すっごくやりがいを感じてるんだから。それに……」

「なによ?」と母はWindows(PC)を打ちながら言葉は返すが、顔は上げずにそのままだ。

「おとうさんの事務所をそんなふうに言うおかあさんだって……『過払い金返還請求』でずいぶんと儲けたよね?」


貸金業者がお金を貸し付ける際には「出資法」と「利息制限法」という法律によって規制されている。
以前はこの二つの法律の上限金利が、出資法が二九、二パーセント、利息制限法が一五〜二〇パーセントだったため「差」が生じていた。

これを「グレーゾーン金利」というのだが、いわゆる消費者金融と呼ばれる貸金業者はこの差を都合よく解釈し、高い方の金利を用いて貸付を(おこな)っていた。

ところが、二〇〇六年に最高裁でこのグレーゾーン金利に基づいた利息支払いが無効であるとの判決が出たのだ。
それに伴い、法改正もされた。

というわけでこれ以降、払い過ぎた金利——つまり過払い金の返還請求が続々と出されることとなった。
折しも、弁護士の広告規制が二〇〇〇年に解禁されていたことも相まって、連日連夜(へビロテで)流されるテレビCM等によって周知され、過払い金返還請求は「ブーム」となった。


「人聞きの悪い。うちは着手金は無料でやってるわよっ」

——でも、成功報酬は返還額の少なくとも二〇パーセントは取ってるよね?

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