さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
菅野先生が、わたしと『結婚を前提に付き合うことになった』と言ったときだって……
『……菅野先生だったら、申し分ないんじゃないか?』
茂樹はいつもと寸分違わぬ顔で、あっさりと言った。
『生まれ育った環境も似ているし、人生を共にするパートナーとしてお互い最適だと思いますよ』
茂樹は本当に、一ヨクトたりとも結婚する気などないのだ。
わたしは思わず、大きなため息を吐いていた。
——別に、動揺して狼狽えた茂樹の顔を期待していたわけじゃないけどさ。
取りつく島がないどころか、切り立った岩壁にハーケンを打ち込むほどの隙間すらない「塩対応」だった。
——あぁ、ダメだ……
とたんに、鼻の奥がつん、とした。
あんまり考えないようにしていたのに……
——あのときのことを思い出したら、今さらなのに涙が出てきそう……
「……光彩、今夜はうちに泊まっていくんだったら、先にお風呂入ってきたら?」
母はまた仕事の書類に目を戻すとWindowsのキーを叩きはじめた。
「うん、ありがとう……そうするわ」
母には涙を見せたくないわたしは、速攻でソファから立ち上がった。