さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
吸い込まれるように玄関の内側へ入っていったわたしは、よろよろと弟に近づいて行った。
「よ、ヨシくん……やだぁ……
すっかり声変わりしてるじゃん……」
中学生になっても、まるで子役の寺◯心くんみたいに、なかなか成長期に突入できなかったはずの弟が——
いつの間にかぐんぐん成長して、とっくにわたしの身長を追い越しているではないか。
「……姉貴、その呼び方やめろよ」
極寒のブリザード吹き荒ぶ目で、じろり、と睨まれる。
幼い頃は母親である冬美さんそっくりだったつぶらな瞳が、今では「父の眼差し」そのものになっていた。
「ええっ、うそっ、やだぁ、ヨシくん反抗期⁉︎
『姉貴』ってだれのこと?もしかして、わたし⁉︎
舌ったらずなかわいい声で『ねえね』って呼んでくれてたのにっ!
『ヨシくんがお寝むするまで、ねえねがトー◯スの絵本読んでっ!』ってお願いしてくれてたのに……」
「いつの時代の話だよっ⁉︎
おれはもう高校生なんだ。声変わりしてない方がおかしいだろ。
……だから、その呼び方やめろってばっ!」
「ええっ、うそうそ、やだぁ……ヨシくん『おれ』って言ってるし……
『ねえねと一緒じゃないと、ヨシくんお寝むしないもんっ!』ってわたしにしがみついて泣きじゃくってた、あのヨシくんが……」
「いい加減にしろよ。なにも知らなかったいたいけな幼稚園児のおれに、姉貴がドンキで買ってきたセーラー◯ーンのコスプレをさせたこと、忘れてないからな」
「あっ、あの金髪のツインテールのカツラ、ヨシくんにめっちゃ似合っててかわいかったよ!
あの愛らしい姿は今でも『ねえね』の心にスクショしてるからね。
もちろんその写真やムービーは、iCloudにもGoogleフォトにもしっかりと『永久保存』してるよ‼︎」
「はああぁっ⁉︎ ふざけんなっ!
そんなおれの『黒歴史』なんか、一刻も早く綺麗サッパリ削除しちまえっ‼︎」
「イヤよっ!それだけはぜーったいにイヤっ‼︎」
「……おい、玄関先で何の騒ぎだ?」
奥から低い落ち着いた声が聞こえてきた。
こちらは正真正銘、父の声だった。
「おまえたち、ひさびさに会ったのにもう姉弟ゲンカか?」