さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「ちょっと、あの、菅野先生……?」
いきなりの話に、わたしは思わず隣に座る彼の顔を見上げた。
「あれ?……二人のときは『誠彦さん』って呼んでくれてるのに」
彼はわたしを見下ろすと、残念そうに肩を竦めた。
——そんなの、あの『食事会』のときだけじゃないですか!
しかも、主に彼のご両親の前「限定」で、台風の際の「瞬間最大風速」みたいなものだ。
そして、今ではすっかり元通りに凪いでしまって「微風」どころか限りなく「無風」である。
そのとき、コンコンコン…とノックの音がした。
父が承諾すると、お湯呑を乗せたトレイを携えた冬美さんが会釈して書斎へ入ってきた。
とたんに、わたしたちは黙り込んだ。
冬美さんは、わたしたちが座るソファの前に置かれたローテーブルの脇で膝をつき、菅野先生が飲み終えた来客用の香蘭社と、トレイの上の淹れたばかりの(これもまた来客用の)たち吉とを差し替えたあと、わたしの前にいつも家にいるときに使っている波佐見焼を置いた。
続いて父の机へ行って、飲み終えた香蘭社から愛用の備前焼に差し替える。
水を打ったような静けさの中、妙な沈黙が続く。