さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜

「今までずっと、正直に自分の気持ちを伝えられず、光彩さんにはずいぶんと遠回りな言い方でしかアプローチできませんでした」

菅野先生の端正な顔立ちが、情けなさそうにぐしゃりと歪んだ。

「あの頃は司法修習生だった光彩さんの教育係(コーチャー)としての立場から……
そして、現在は同じ職場で働く同僚弁護士としての立場から……
光彩さんに交際を申し込んで断られたときのことを考えると、どうしても躊躇せざるを得ませんでした。
司法修習を終えて去って行った光彩さんを忘れられず、父や兄の反対を押し切ってまで、この事務所に移ってきたくせに……」

——えっ、わたしを追って菅野先生はうちの事務所に入ったというの⁉︎


「しかし——」

その瞬間、菅野先生の瞳に凛とした光が宿った。

「先走ったうちの父が、先日の食事会のことを進藤先生に電話で報告してしまったと聞いて、ついに決意しました」


「仕事ではどんなに不利な状況であっても決してクライアントには動じた姿を見せない君が……
あんなに慌てた様子で、私のところに来るとはな」

父はお気に入りの備前焼(お湯呑)を手に取りながら苦笑した。

「……そろそろ、ソファに掛けたらどうだ?」

立ち上がったままであることにハッと気づいた菅野先生が、気まずげにソファに腰を下ろす。


「すぐに進藤先生の(もと)へ参りましたが、先生からは『娘が一人で帰ってくると言ってるから君は来なくていい』と言われてしまい……
でもやっぱり、居ても立っても居られなくなって、進藤先生やご家族にとっては貴重な休日にもかかわらず、不躾にも押しかけてしまいました」


——そ、そうだったんだ……

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