さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「それに……確かおまえは『事情がある』と言ってなかったか?」
——さすが弁護士。記憶力がいい。
父はわたしが内線電話で言ったことをしっかり覚えていた。
そもそも今夜実家に帰ってきた目的は、その「事情」を話すためだったのだ。
「そ、そうなの。実は、菅野先生に頼まれて……」
「そうなんです。申し訳ありません」
菅野先生はわたしの言葉を引き取って、再び深く頭を下げた。
「実家からの度重なる縁談話に辟易していたので、光彩さんに『結婚を前提とした彼女役』をお願いしてしまいました。
僕としては、あわよくばそのまま『婚約者』になってもらうつもりだったのですが……」
「それで……おまえは言われるがままに、それを引き受けたのか?」
父が呆れた顔で、じろりとわたしを見る。
「も、元はと言えば、おとうさんのせいなのよっ!」
——そうなのだ。
こうなったら言ってやるわ!
「おとうさんがNYから引き抜いてきた米国弁護士の千葉先生に、わたしの法律事務職員を『供出』せざるを得なかったもんだから、代わりに菅野先生のパラを貸してもらいたくって『偽彼女』を引き受ける羽目になっちゃったんじゃないの!」
「なにを言ってる。甘えるな。
そのくらいの事務処理が捌けなくてどうする」
「よ、よく言うわよっ!
おとうさんから引き継いだTOMITAの『化石化』した法令遵守に関するマニュアルを全面改正している上に、新プロジェクトとして新設されたシステム統括本部の法務監修まで任されちゃったのよっ!
娘を過労死させる気なのっ⁉︎」
突然始まった父娘ゲンカに、菅野先生があわてて仲裁に入る。
「本当に申し訳ありません!
困っている光彩さんが断れないように仕向けて、本懐を遂げようとした僕が浅はかだったんです!悪いのは僕なんです‼︎」