さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「——はぁ?」
なぜか、茂樹の顔から表情がごっそり抜けた。
「ちょ、ちょっと待て……おれは何もおまえをシングルマザーにさせるつもりは……」
「あっ、こんな手もあるわっ!」
——どうして今まで気がつかなかったんだろう?
「もし子どもができたら、今のおとうさんの法律事務所を辞めて、おかあさんの法律事務所に移籍すればいいじゃん!
おかあさんの事務所は社会の荒波の中で困っている女性を法律の力で助けるのがモットーだもん。
収入は減るかもしれないけれども、シングルマザーならむしろ働きやすそうな職場環境だよね?」
どうせ、ゆくゆくは父の事務所を至公が受け継ぐのだ。
——「小姑」のわたしがいたんじゃ、厄介者なだけだしね。
母の事務所は最近「改名」して「弁護士法人ルミエール」になった。
lumièreとはフランス語で「光」である。
母がいずれ、事務所をわたしに譲り渡すつもりだという顕れだと思う。
それこそわたしの身に、なんだか一条の光がキラキラと差し込んできたような気がする。
「……よしっ!」
覆い被さっていた茂樹を払いのけるようにしてわたしは身を起こし、ソファにきちんと座り直した。
——呑んだくれが顔の真ん前にいたら、すっごく酒臭いのよっ!