さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜

「あら、イヤだわ。光彩さん、わたしのことを『奥さま』だなんて呼ばないで」

「そうだよ、そんな堅苦しい呼び方、しなくてもいいんだからね」

いかにも老舗らしく(しつら)えられた重厚な円卓に、並んで座る所長と奥さまがにこやかにわたしに話しかける。


——ど、どういうこと?
な、なんで、お二人がここに?

わたしはワケがわからず、隣に立つ菅野先生を見上げた。

「あ、あの……」

——うっ、どれだけこっ恥ずかしくても「誠彦さん」と呼ばなきゃな……

それに、所長も「菅野先生」だし。

「ま、誠彦さん……いったい、これは……?」


すると、誠彦さんはわたしの腰の辺りに手を回したかと思うと、

「さぁ、おれたちも座ろうか」

平然とそう言って、自身の母親が座る隣の椅子をすっ、と引いてわたしを促す。


一応、弁護士である自分が、こんなところでじたばたしてもみっともないだけなので、仕方なくそこへ腰を下ろすと……

そのとき、はた、と気づいた。

——このお店……確か、本店は横浜の中華街にあったはずだ。ということは、つまり……

「横浜の本店は、菅野家(うち)祖父(じい)さんの代から贔屓にしていてね」

誠彦さんが、まるでわたしの表情を読み取ったかのように告げた。

「おれにとっても、ガキの頃から慣れ親しんだ味なんだ」


中華街(本店)で修行をしていた跡取りがベリーヒルズビレッジ(ここ)への出店を機に料理長を任されることになったとは聞いていたんだが、なかなかこっちの方へ家内を連れてくる機会がなくてね」

「ようやく誠彦が光彩さんをちゃんと紹介してくれるって言うから、ちょうど良かったわ」


なんだか、いきなり「敵の本陣」に連れ込まれたみたいな気がしないでもないのは……

——考え過ぎ、だろうか?

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