さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜

——そうなのだ。

最近父から引き継いで、プレゼン資料の作成に「いくらあっても時間が足りない」TOMITAホールディングスというのが、こいつの勤務する会社なのだ。

っていうか、やればやるほど、どんどん「要求」が高くなっていくこいつの所為(せい)で、連日連夜の残業はおろか休出にまでなってしまったのだ。


TOMITAホールディングスは、自動車会社を主体としていろんな分野の会社を傘下に収める富多(とみた)グループを統括する持株会社だ。

今の彼は秘書室長として、富多社長の息子——つまり、グループの「御曹司」である富多 将吾(しょうご)副社長を公私に渡ってサポートする業務であるが、近いうちにその任から離れて、同社の法務部の部長に就任することになっている。

それで、今の部長(めっちゃ温厚で事勿(ことなか)れ主義の人だ)からの引き継ぎも兼ねて、すでに法務部の業務に携わっていた。


そもそも、茂樹はわたしと同じC大学の法科大学院を経て司法試験を突破した「弁護士」である。

同じ期に司法試験に合格して一年間の司法修習を終えたのち彼が選んだ「先」は、わたしのような既定路線の弁護士事務所ではなく、TOMITAホールディングスという一般企業だった。

いわゆる「企業内弁護士」になったのだ。


——それには、理由があった。

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