さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「……そうか、おふくろの仕業だったか」
誠彦さんのお父様の眉間に、ぐっと皺が寄った。
「だが、死んじまった後じゃなぁ……」
どうやら、菅野家の「嫁姑問題」に端を発するらしい。
——うちとしては、とんだ「とばっちり」だけどね。
「『長男』ってだけで兄貴ばっかり猫っ可愛がりしてた『良妻賢母の権化』みたいな祖母さんだったけどな」
誠彦さんもまた、忌々しげに言う。
そういえば、彼も途中からずっと黙って父親と共にこの状況を静観していた。
「ところで、親父」
誠彦さんが話題を変える。
「この機会に、母さんにちゃんとした正会員のカードを持たせてクレヒスを積ませた方がいいんじゃないの?」
「そうだな。あさひJPN銀行の横浜支店の支店長にでも話を通すか。
光彩さんの持つゴールド プレミアムは無理としても、ゴールドくらいなら何とかなるだろう」
「あさひJPN ゴールド プレミアムカード」の招待は「あさひJPN ゴールドカード」取得から最低でも二年は掛かると言われている。
「あ、あなたの助けは必要ありませんっ」
鳴りを潜めていた誠彦さんのお母様が、勢いを取り戻した。
「あさひJPN銀行だったら、わたしの実家を担当してくれている中谷くんに相談するわっ!
すっごく親切で物腰が柔らかくって優しい人だから、きっと力になってくれるはずよ!」
「『中谷』ってだれだ?……横浜支店では聞かぬ名だな」
誠彦さんのお父様が首を傾げる。
「アディドバリュー社の万里小路の御曹司だよ。
ここベリーヒルズビレッジに入ってる本店営業部の勤務だから、親父は知らないかもな」
誠彦さんがすんなりと答えた。
「ええっ、中谷くんって万里小路家の人だったの⁉︎」
誠彦さんのお母様は知らなかったようだ。
「あぁ、うちに娘が一人でもいたら、お婿さんになってもらうのに!
……そうだわっ、松波屋さんところのお嬢さんなんかどうかしら?」
だけど、ずいぶんと気に入られているみたいだ。
「どうして、元子爵家の跡取りがあさひJPN銀行に?」
誠彦さんのお父様は、ますます首を傾げる。
万里小路家と言えば、戦前は華族だったという由緒正しきお家柄だ。
「跡を継ぐのを拒否して、一族の反対を押し切ってあさひJPN銀行に入行したらしいよ。
今は母方の姓を名乗って仕事してるくらいだから、相当イヤだったんだな」
「信じられないな。あの銀行が行員に『偽名』を許してるのか?」
「だれだって『万里小路』と聞けば『アディドバリュー』を連想するからね。
あまりにもパワーワード過ぎて、あさひ側も無用な詮索をされたくないんじゃないの?
いわゆる『超法規的措置』だよ」
(株)アディドバリューと言えば、「日本一給料の高い会社」としてと呼ばれて毎年就職ランキングの上位に入る、わが国有数の自動制御機器メーカーである。
——もったいない!なんで入社しないの?
「あそこは同族企業だから、社長をはじめとする重役たちには頭の痛い問題だろうな」
そして、アディドバリュー社はうちの法律事務所の顧客で、誠彦さんが顧問弁護士を務める担当企業のうちの一つでもあった。