さよならを教えて 〜Comment te dire adieu〜
「いやいや、先に失礼な言動をしたのはうちの家内の方だからね。
こちらの方こそ、申し訳なかった」
誠彦さんのお父様は苦笑しつつも、穏やかな口調で謝ってくれた。
「なぜ、あなたが謝るのっ⁉︎ 」
まだ納得がいかない妻を、彼は鋭く目で制した。
「わ、わたしはあなたに謝らせるようなことなど何も……」
だが、さすがに夫に無言で睨まれれば、すごすごと引き下がるしか彼女のような人には道はない。
「どうにも家の中のこと一切合切を家内に押し付けてきたものだから、私には負い目があってね。
甘やかし過ぎたせいで、どうやら増長してしまったようだ」
途中で止めに入ることはせず静観し、とりあえず互いに言いたいことを言い終えた、その絶妙なタイミングで声をかけたのだ、ということに気づいた。
さすがは長年「交渉人」を生業としてきた弁護士である。
「特に、君のお母さんの樹子さん——ミキちゃんのことを侮辱するようなことを言って、本当に申し訳なかった」
彼はわたしの父だけでなく、母ともC大法学部の同窓だった。
「君のお父さんの進藤に掻っ攫われてしまったけれど、才色兼備だった学生時代のミキちゃんは、私たちにとって憧れのマドンナだったんだよ。
あの頃のミキちゃんに光彩さんは瓜二つだ。
誠彦が君に惚れたのは『遺伝』だな」
在りし青春時代を思い出したのか、彼は懐かしそうに目を細めていた。
「うちは君のご両親と違って見合い結婚なんだが、家内は私がミキちゃんに失恋したから自分との見合いに応じたんだと信じ込んでいてね」
——ええっ、そんな「理由」で……
「何度もそうじゃないと言ってるんだけどね」
「だ、だって…… お義母様がそうおっしゃっていたのよ……」
夫からそんなふうに「暴露」された彼女は、気まずげにうつむいた。
「そして、樹子さんだったら……
もし『弁護士の嫁』だったら、昭彦や誠彦を必ず弁護士にさせられるのにって……
何度もお義母様がそうおっしゃって……
だからわたしは、何としても息子たちを弁護士にさせなくちゃって思って……」