ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
彼と伶菜の接点は医局まで彼女が俺の弁当を届けてくれる時ぐらいだろう
突然、弁当を届けなくてもいいなんて俺が言い出すことは逆に伶菜に変な心配をかけてしまうだろう
様子をみるしかないよな
そう思っていた俺だが、その数週間後。
「い、イタッ、イ・・・・」
リビングの床に散乱した花瓶のガラスの破片で左手を切ってしまったらしい血だらけになった伶菜の怪我によって、彼女らの様子を見ているだけでは済まなくなるなんて思ってもみなかった。
自分が勤務している救急センターに彼女を連れていき付き添っている最中に鳴ったPHSのドクターコールによって、産科病棟に向かう途中。
「止血してあるのか?・・・腱損傷してるかもしれないから、すぐにオペにするかもしれないから、オペ室に連絡して!!!」
同じようにPHSを耳にして指示を出しながらこっちへ向かって走ってくる白衣姿の彼によって、俺は伶菜と彼の接点が別の形で生じてしまいそうな予感を感じてしまったからだ。
そう感じたのも、実は自分への不全感があるから。
自宅で怪我した伶菜の応急処置をしているときに思った。
自宅で伶菜の傷口を洗浄、縫合することはできなくても
病院へ連れていき、自分の手で彼女の傷口を縫合できたら・・・
そんなことを。
なんで俺も医師なのに
自分の手で伶菜を助けてやれないんだろう?
なんでまた俺は
同じことを繰り返しているんだろう?
そんなことも。
「本人は?・・・そうか。わかった。絶対に俺が診る。」
なんで俺がその言葉を言えないんだろう?
”絶対に俺が診る”
そんな言葉を。
「主治医は矢野先生じゃない、俺だ。」
すれ違い様に獲物を捕らえるような鋭い視線を俺にぶつけてきたその男が口にした
”主治医は矢野先生じゃない、俺だ”
産科医師である自分が
そして、一度伶菜の主治医という立場を降りた自分が、
言いたくても言うことが許されないその言葉をも。
パタパタとサンダルが床に擦れる音が遠ざかっていくのを耳にした俺は
伶菜と彼の接点が定まりそうな中、伶菜と自分の接点が無理矢理引き離されるような
そんな変な感覚を感じた。
『なんで俺・・・じゃないんだろう?』
だから本音をこぼさずにはいられなかったんだ
『日詠です。今、向かっています。発作の持続時間も測定してください。』
自分が必要とされているところに走り始める前に。