ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来



「はいね♪」


私の余計な心配をよそにそのおじさんはすんなりとそう返事をし、森村医師もはにかみながら軽く会釈をしてその場から離れてしまった。


そんな森村医師の動向が気になった私。

どら焼きを食べに行くのか行かないのか、彼に対してそんな低レベルな注目しかできていなかった私。

でも、注目されていた彼はというと、リハビリスタッフルームの出入り口のほうへ足を向けることなかった。



そして彼の足が止まったその先には、右手を三角巾で吊り車椅子に腰掛けたまま左手で箸を持ちスポンジを摘む練習をしていた白髪のお婆さんがいた。



「ミヨ婆ちゃん、昨日の夜はたくさん飯食えたか?手足のしびれ、相変わらず強いんだろ?」


そう声をかけた森村医師はそのお婆さんの右腕を支えながら三角巾を外し、手際よく三角巾を結び直してあげた。



「いつも悪いね、マサル先生。昨日もしびれが気持ち悪くて食-べれんかった・・・・でも先生の顔見たら、ゴハン食べたくなるね・・・・私の脳外科の先生の顔見てもそんな気にならんのにね。」


「俺、いつも腹減ったって言ってるからだろ?」

「そーかもねえ。アハハハッ。私があと40歳ぐらい若ければ、アンタの嫁さんになって美味しいゴハン、作ってお腹いっぱい食べさせてやるのにねえ。」

「ミヨ婆さんが嫁さんか・・・俺、完全に尻に敷かれるなッ」



ワハハハッ!!!!!
フフッ!!
アハハッ!!!


さっきまであんなにも閉塞感が漂っていたリハビリルームに響き渡った数々の笑い声。


若い男の人の楽しそうに笑う声。
口を閉じたまま鼻先で軽く笑う女の人の声。
そして、さっき必死の形相で車椅子の乗り移り練習をしていた初老の男性までも練習を中断して森村医師とミヨお婆さんのやりとりを見ながら笑っていた。


リハビリルームに笑いを通して一体感が生まれたその瞬間、室内を漂っていた閉塞感という空気はもうそこにはなかった。



「高梨さん、驚きました?」







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