ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来






「さあ、早速、実技、やりましょうか?」

『実技・・ですか?』

「知識は充分入っている・・・だから実技です。実技は独学では無理ですから。」

『ありがとうございます。宜しくお願いします。』、


一見さんお断りみたいな姿勢を見せていた松浦さんと俺の心の距離もぐっと縮まり、彼は言葉通り、早速、実技を教えてくれた。
まずは俺が患者役、松浦さんがハンドセラピスト役で。



「ただ、関節を伸ばしたり曲げたりするだけじゃダメなんです。」

『えっ?』

「術創部で屈筋腱が中枢方向、末梢方向へと滑るイメージをそれぞれ頭の中で思い浮かべながら関節を動かすんです。そうしているうちに癒着している腱を術創部から剥離する感覚がわかるようになりますから。」

『なるほど・・・』



目を閉じ、松浦さんが説明してくれたイメージを思い浮かべながら、松浦さんの手技を受けた。

ミリ単位ぐらいの彼の細かい指の動き
指先の温かさ
集中力を引き出すような絶妙な声かけ
この人に自分の手を委ねても大丈夫だという空気


松浦さんが兼ね備えているそれらを実際に体感させてもらったことで
手の外科のリハビリは繊細かつ難しいことを痛感せずにはいられなかった。







『難しそうな手技ですね。』

「やめますか?手技の習得」

『いえ、やらせて下さい。』

「そうこないと・・ですね、日詠先生。じゃあ、今度は僕の手で手技を実際にやってみせて下さい。」



専門家から教授してもらうこと
最近では自分が後輩に教えることが増えて来ていて
久しぶりにさせてもらえるその経験のせいで背筋にまで余計な力が入ってしまう



「力、入れすぎですよ。そんな感じじゃ、縫合腱、再断裂しますね。」

『再断裂はマズいですね。』

「そう、これは手感覚で覚えていくしかないですからね~。」

『手感覚習得に近道はない・・・ですかね?』

「おっしゃる通り!また練習付き合いますよ。」



手感覚で覚える
これは自分の業務内でも痛いほど理解してきた
教わってすぐに習得できるものでもない
練習に付き合ってくれるという松浦さんの申し出は渡りに船だ



『宜しくお願いします。』

「こちらこそ!」


差し出された彼の右手を両手で握り返して強く握手をした。
森村医師に信頼されていると思われる松浦さん。
そんな彼が手の外科のリハビリを是非とも習得したいという部外者な俺の想いをちゃんと受け止めてくれた・・・そんな気がして嬉しかった。






< 289 / 542 >

この作品をシェア

pagetop