ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来




「じゃあ、こちらへどうぞ。」




彼が招き入れてくれたところは作業療法室と書かれた部屋。
俺は随分長い間この病院で従事しているけれど、そこには初めて入る。

部屋の壁添いには数台のベッドが並べられている。
4人掛けのテーブルと椅子も部屋を縦断するように置かれている。
棚には、リハビリ訓練用と思われる物品が所狭しと収納されている。
勧められた椅子に腰かけ、室内を見回していた時、松浦さんは数冊の書籍を抱えて俺の前に現れた。


「では早速。屈筋腱損傷を受傷された高梨さんは手術翌日からリハビリを始めていますが、この後療法の方法ともうひとつの屈筋腱損傷の後療法方法の名前、それぞれ教えて下さい。」



彼から淀みなく問いかけられた手の外科リハビリに関する質問。

それらは伶菜が怪我をする前までは全く知らなかった内容
頭の中に無理矢理押し込んだ目に見えない手の外科関連書籍のページを頭の中で必死に捲る
運よく、最近目を通して理解したばかりの内容だ


「術翌日から開始する方法はEAE法、もうひとつは3週間固定法です。」


松浦さんは彼が俺に問いかけた質問に俺が答えられなくて、このまま引き取ってもらおう・・そう思っていたのか、目を大きく見開いた。
理解しているんだ・・を言わんばかりの目で。


「その後療法の使い分けは?」


一応、正解だったのか?
それにしても、次の質問はいくつ答があるのかわからない
しかも教科書上で学んだだけの知識だ
実践を積んだわけじゃない
こんなにも返答に自信がない口頭試問は初めてかもしれない


でも、理解している内容を取りこぼすことなく伝える
そうするしかない


『縫合の強度、創部の状態、腱滑走状態、それと患者のキャラクターにおいてはEAE法を理解できるインテリジェンスと禁忌事項を遵守できること・・でしょうか?それらが良好である症例はEAE法、それらが難しい症例は3週間固定法であると思われます。』



なんとか答を引き出した俺に小さく頷いてくれた松浦さん。
どうやら明らかな間違いはなさそうだ。





「・・・日詠先生。」

『・・・間違い・・でした?』


表情ひとつ変えずに低い声で俺を呼んだ松浦さんの反応。
自信のない俺はそれによって自分の間違いを疑わずにはいられない。



「・・・そんなビビらなくても・・・僕がダウンしたら、僕の代わりに、リハビリ学生に手の外科のリハビリ指導をして下さい。」

『松浦さんの代わり・・ですか?』

「ドクター、しかも、名の知れた産科医師に失礼申し上げてしまいました。でもそれぐらい手応えがありました。絶対答えられない、そう思ってたのに。」

『・・・恐れ入ります。』



ようやく笑ってくれた松浦さん。
どうやら俺という存在を受け入れてくれたようだ。
リハビリを教えてもいいという存在として。





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