ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
『もしもし、日詠です。今、どういう状況ですか?』
俺はホテルの部屋のドアを閉めた直後、携帯電話を耳に押し当てながらつま先にぐっと力を込め、一歩を踏み出した。
その気持ちをこめた溜息をつきながら俺は
伶菜と一緒に名古屋に戻るという選択肢を自分の腹の中に無理矢理飲み込んだ。
「ナオフミく・・・・日詠先生。すみません。こんな時に。」
珍しく申し訳なさそうに電話応対する福本さん。
『いえ。で?』
「私も山村主任から電話で状況を聞いたんだけど・・・美咲先生が治療途中でフリーズしたみたいで。」
『奥野さんは?』
「開業医から緊急搬送されてきた妊婦さんの対応で手を離せなくて、部長もいたんだけど、部長じゃ・・・・」
途中で言葉を濁した福本さん。
言おうとしていたことはなんとなくわかる
上司である産科部長は臨床よりも管理業務に興味がある人間
美咲を完璧にフォローできる能力があるとは
部下である俺でも言い切れないぐらいだ
『わかりました。今から浜松を出発して、1時間程度でなんとかそっちに着くと思います。』
「わかったわ。あたしも向かいたいとこだけど、祐希くんを預かっていて・・・」
『大丈夫です。山村さんと連絡を取りながら進めていきますから。』
「頼むわよ。」
いつもなら”お土産はいらないから・・・”と土産の催促の言葉を吐き捨てるはずの福本さんだが、この時はそんな余裕がなかったのか、さっさと電話を切った。
トラブルを起こしているらしい美咲の傍に居てくれている看護師の山村主任に電話でやりとりをしながら、浜松駅へ向かう。
そうやって到着した新幹線の改札口前で気がついたこと。
それは、
『なんだよ。発車までまだ時間があるじゃないか・・・・』
乗車する予定の新幹線に乗るまでの時間がまだ先であること。
『伶菜と一緒に食べようとしていたルームサービスも食いそびれたことだし・・・・』
改札口を通り、エスカレーターを登り切ったところに、コーヒーショップがあるのを見つけ、そこで新幹線車内で食べる朝食を購入することにした。
「120円のお返しです。ありがとうございました。お気をつけていってらっしゃい。」
まだ早朝である駅ナカの待合室の一角にあるコーヒーショップは比較的空いているせいか、購入した商品とお釣りを渡してくれる女性店員からは慌ただしさを感じない。
コクリと会釈を返した後、彼女に背を向け、新幹線ホームへ向かうために待合室のドアのほうへ向かう。