ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
その直後に俺達の目の前を瞬時に通過した新幹線の激しい風圧で
『ハイ、コレ。ないと帰ってから困るだろッ?』
「へっ?」
自分がすべきことをようやく想い出した。
すぐさま右手をスラックスのポケットに差し入れ、指にふれたものをぐっと握る。
かわいいものがスキな伶菜
珍しいものには素直に驚く伶菜
俺が今から差し出すもの
それをきっと手放しで喜んでくれるだろう
そう思いながら彼女に自分の右手を迷うことなく差し出した。
「・・・キーホルダー?」
予想とは異なる小さな声でそう呟いた彼女。
ただ驚いているだけと思った俺。
『そう。今朝、駅の売店で、時間のない中、目に付いて買っちゃったんだ・・・こんなに小さいのに、よくできてるだろ?音もちゃんと出るらしいぞ。楽器メーカーが作ったモノらしいんだ!』
ハーモニカを吹く真似までしながら説明をしたが、いつものように彼女が素直に驚く感じがしない
「・・・そうだね・・・凄く、よく出来てる。」
彼女が小さく笑いながらそう言ってくれているのに、いつもとは異なる違和感が拭えない俺。
なにが彼女をそうさせているんだ?
やっぱり今、ここで離れてしまうことがそうさせているのか?
もしそうならば、今は離れてしまうけれど
今回のトラブルが片付けば俺はちゃんとウチに帰る
兄という立場ではなく、夫という立場で
『・・・コレも渡しとく。家帰ったら完成させといてな。』
だから彼女に託す
まだ彼女が記入し終えていない婚姻届を
『また、仕事が休みの日で、よさそうな日があったらそれを一緒に出しに行こうな。』
だから不安になるな
今までの兄妹という不安定な関係ではなく
夫婦という安定した関係になるんだから
ずっと一緒にいるんだから
彼女にそう言ってあげようとした矢先。
無常にも新幹線のドアを閉めようとする駅員の危険認知を促すアナウンスが俺が紡ごうとしていた言葉を遮った。