ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
ドア越しに泣きそうな顔をみせた彼女。
このまま離れちゃダメだと思った瞬間、かすかに足元が揺れた。
新幹線のドアは既に閉まっており発車してしまうまであと数秒を自覚した俺は
“い”
“っしょ”
“だ”
彼女にたった数秒で伝わる言葉をゆっくりと口にしながら、すぐさまスラックスのポケットに入れたままだった彼女との共通項となるはずのハーモニカのキーホルダーを取り出して見せた。
目を凝らしながら伶菜がこっちを見た瞬間、新幹線が発車した。
それと同時に彼女もふらふらと動いた。
それでも加速した新幹線に追いつくことなんてできなくて。
今度は俺が彼女を新幹線のドア窓越しに目で追いかけた。
一瞬だったけれど、自分から遠く離れていく伶菜は、自分と同じハーオニカのキーホルダーを高く掲げ、立ち止まって俺を見送ってくれていた。
そんな彼女を見て想い出したことがある。
『あの時・・・伶菜と別れた時だ。』
俺がまだ8才の頃、高梨の親父の死をきっかけに、高梨の家を出ていった時のことだ
別れ際にまだ乳児だった伶菜がくれた離乳食用スプーン
ついこの間まで、ホットミルクを伶菜に淹れてあげる時にも使っていたそれ
まだ物心なんてついていなかったであろう彼女がそれを手渡してくれてバイバイしてくれたっけ
生まれて来てくれたことが本当に嬉しかった彼女との別れをそれらによって実感した俺は涙を堪えながら彼女の小さな唇にキスをした
『ファーストキス・・・あのキス・・・伶菜もちゃんとそう思っていてくれてるんだな。』
それは俺にとってのファーストキス
伶菜にとってもファーストキス
でもそれは
別れのキス
そして
胸がつぶされそうになった大切なキス
『しまった。さっきのキスは、カッコ悪すぎだろ?』
そんなファーストキスを想い出したことで
チキンサンドの入った紙袋に目をやる彼女の気を引きたくて衝動的にしたついさっきのキスを反省した俺だったが、
『でも、カッコ悪くても・・・いいんだ。』
新幹線の車窓から見える流れる景色を見つめながら、衝動的なキスも伶菜にしてしまうことができるようになった今の自分の状況にこっそりと嬉しさという感情を噛みしめずにはいられなかった。