ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来


『泣いている・・か。』


高校時代の美咲をよく知っている入江さんからは
何事も完璧を求めすぎるあまり自分を追い込む傾向があるから気をつけてやってと
言われている

医師という仕事に
完璧という言葉は殆ど存在しない
俺はそう思っている

いつまでたっても消えない不安

それと闘うために
見て、聴いて、触れて、感じて、学ぶ
医師で居続ける間は
それをやり続けるしかないんだ

完璧を求める人間にとって
そんな医師という仕事は
いつまでたっても達成感を得られないのではないか

美咲を見ているとそんなことを思ってしまう


コンコン!!


『美咲?』

「・・・・・・・」

『美咲、いるのか?』


ガタッと何かが動く音が聞こえる。


『いるのだったら、出て来て欲しい。話、聴かせて。』


返事はなかった。

けれども、仮眠室のドアがゆっくりと開き、
そこには、瞼を赤く腫らした美咲が立っていた。


「日詠せんせい・・・」

『・・・まずは座ろう。』


蚊の鳴くような声で俺の名前を口にした美咲。

これまでも悩んでいる様子はしばしば見られていたが
ここまで脆そうにみえる彼女は初めてかもしれない


「すみません、あたし、日詠先生の患者さんを・・・」

『脳出血を起こした妊婦さん・・か?』

「死なせてしまうところでした・・・」


その言葉を言いながら崩れるようにしゃがみ込んだ美咲。


自分の担当患者ではなく
代わりに見ていた他の医師の患者を危険に(さら)しそうになることは
その医師にも迷惑をかけてしまった気分になる

今回、脳出血を発症した患者は俺が担当している患者。
その患者が美咲が代診している最中に生死を彷徨う事態に陥った

だから美咲は俺に迷惑をかけてしまった気分になっているに違いない
その結果、俺が美咲と向き合わなければいけないということになったんだな


『確かにそうだったかもしれない。けれども、そういうリスクがきっとあった。だから・・・』

「あたしじゃ、無理だったんです。日詠先生じゃなきゃ・・・」

『俺だって、脳動脈奇形ってことがわかっていなかったら、同じことになっていたんだ。』

「・・・それでも、日詠先生じゃなきゃダメだったんです・・・その患者さんも・・・・私も・・・」



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