ストロベリーキャンドル



バタン、とドアが閉まった。
頬が熱くてしょうがない。


へなへなと座り込んで、仁のいなくなったドアを見つめた。


あの人は、何が私のツボなのかを知り尽くしている。
サラッと何気なくそういう仕草や言動をするから、
翻弄されてしまうのだ。


「いけない、時間だっ」


はっと時計を見ると、もう出なくてはいけない時間になっていた。
慌てて支度をして、マンションを出た。


アサヒ文具は家から近いところにあるので、
電車を使わなくても徒歩でいける。


ゆっくり景色を眺めながら会社までの道のりを歩いた。












「ああ、神崎さん。来たわね」


「おはようございます!今日からよろしくお願いします」


会社に着いて、商品開発部のある3階のフロアに入り、
部長に挨拶をする。
女の人で、優しそうな笑顔が特徴的な人だった。


「朝礼でみんなに挨拶をして、
 早くなじめるようにしましょう」


「はい!頑張ります!」


朝礼まで各階を案内されて回る。
そして朝礼の時間になると開発部に全員が集まった。


この部は私を含めて7人しかいない小さい部だった。


人数が少なくても、緊張することには変わりない。
強張った顔を動かして、なんとか笑顔を作った。


「か、神崎奏音です。早く仕事を覚えたいと思います。
 頑張りますので、よろしくお願いします!」


「神崎……ザッキーか!」


眼鏡をかけた30代くらいの男の人がぽつりと言った。


ザ、ザッキー?


呆けていると、わいわいと騒がしくなった。


「ザッキーいいね!よろしく、ザッキー」


「よろしくね」


「前田はあだ名付けるの得意だなー」


「こいつバカだけど、大目に見てやって」


「ザッキー何歳?」


「指輪してるってことは、結婚してる?」


「あっ、あの、えっと……」


私がおどおどしていると、
部長がパンパン、と手を叩いて言った。


「あんたたち、そんなにいっぺんに喋るな!
 まずは自己紹介しなさいな」


わはは、と笑いが起こる。
なんだか、温かい職場。
みんないい人そう。


人間関係の不安があったのに、一瞬で払拭された。


私、ここでなら新しいスタートが切れるかもしれない。


そう思うと嬉しくて涙が込み上げそうだった。




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