手招きする闇
18 一年三組教室内
       
 先生に怒られないよう、早めに作業を切り上げ教室にやって来たメンバー。
 彩萌と洋介はさっさと帰る。
  
俊樹「理子、見える?」
理子「いない。でも、気配は感じる」
晴香「私も感じる。きっと近くにいる」
理子「いるんでしょ? 姿を見せてくれない?」
      
 理子、教室内を見回す。
  
理子「何かこの世に未練があるから残っているんでしょ?」
      
 沈黙が続く。
 
晴香「理子ちゃん、あそこ」
      
 晴香が指差す方に、学生服を着た男が立っている。
  
理子「私は三谷理子。この教室から手招きしてたのはあなたね? どうしてこの教室にいるの?」
       
 理子に話し始める男。
 その声は彼女にしか聞こえない。
  
幽霊「僕は、立花優(たちばなすぐる)。昭和六十年。この教室で学んでいた。三年生になってまもなく、彼女に言ったんだ。放課後話があるから僕の教室に来てほしいと」
理子「彼女はこの学園の生徒だったんですか?」
幽霊「ああ。三年三組の中沢真佐子(なかざわまさこ)。僕が五組で彼女は三組だった。僕は生まれつき心臓が弱くてね。運動部は無理だと医者に言われていて、身体に負担の掛からない美術部に入っていた。部活の時間になって、クラスの仲間は誰も居なくなった。僕は彼女と話をした後で美術室に行こうと、彼女を待ちながら窓の外を眺めていた。すると突然発作が起きてね。彼女が来てくれた時にはもう肉体から抜け出していた」
理子「それは、ショックだったでしょう」
幽霊「今は、何年の何月?」
理子「令和元年の十月です」
幽霊「令和。そう。時代が変わったんだね」
理子「時代は昭和の後に平成、そして令和とつながって来ました」
幽霊「平成? それじゃ今は僕が生きた昭和の次の次の時代って事? 僕はそんなにここにとどまっていたんだね」
理子「そして今は、学園祭の準備でみんな遅くまで残っています」
幽霊「そうか。僕も参加したかったよ。三年生最後の学園祭に」
理子「あの、あなたは彼女に会いたくて、ずっとここで待っているんですか?」
幽霊「ああ。僕は死んでからもずっとこの教室に居た。彼女は卒業式の日にこの教室に来てくれた。そして言ったんだ。僕の事が好きだった事、何年か経って気持ちが落ち着いたらまたこの教室に来るって」
理子「それから、彼女はまだ来てないんですね?」
幽霊「ああ。でも、もう彼女、結婚してるはずだよね。子供もいるかもしれない。だから、こうして待っていても、あの日の約束なんか忘れているに決まっている。その事ちゃんとわかってるんだ。だけど、もう一回、どうしても彼女に会いたくてね」
理子「わかりました。卒業名簿を借りて、中沢真佐子さんを探してみます。でも、少し待ってもらえますか? 今週の土日、学園祭なんです」
幽霊「もちろんかまわないよ。もう何十年も待って来たんだ。何日か待つくらい、何ともないさ」
理子「私、きっと探しますから」
幽霊「それから、後ろにいる女の子に伝えて欲しい。この教室で僕の事が見えているのは前から気づいていた。でも、僕の言葉は通じなかった。昨日、彼女が伝えて来た言葉、今晩僕と話せる人を連れて来るって言葉、ちゃんと伝わったよって。そして、ありがとうって」
理子「わかりました」
幽霊「それから、彼女の横に立っている男の子、君の彼氏?」
       
 理子、後ろを振り向き、晴香の横にいるのが俊樹だと確認。

理子「そうです」
幽霊「君たち、とってもお似合いだよ」
理子「ありがとうございます」
幽霊「末永くお幸せにね」
理子「はい」
幽霊「それと、君はちょっと男っぽいところがあるから、もっと彼に甘えていいと思うよ」
理子「そこまでわかるんですか? 何だかまるで占い師ですね」
   
  男はにっこり笑うと姿を消した。

俊樹「居なくなったのか?」
晴香「はい。消えました」
俊樹「そっか、晴香ちゃんにも見えるんだったね」
      
 理子が戻って来る。
  
理子「晴香ちゃん、彼の声聞こえた?」
       
 晴香、首を横に振る。
  
理子「彼からの伝言よ」
晴香「えっ? 私に?」
理子「晴香ちゃんからのメッセージはしっかり伝わってた。彼、ありがとうって」
       
 晴香はとっても嬉しい気持ちになった。
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