初恋エモ



ステージでは、弾き語りの女性アーティストが歌声を響かせていた。

カフェで精神統一をしていたというミハラさんと合流し、楽屋へ向かう。


遅れてクノさんも楽屋に入ってきた。


「曲、替える」


彼はギターを取り出すなり、突然そう言った。

「え?」と私とミハラさんの声が混ざる。


演奏するのは2曲。

『ブルー/イエロー』と、コンテスト用に仕上げた新曲の予定だった。


新曲はフェスで盛り上がりそうな、四つ打ちドラムの明るい曲。

透明ガールらしくはないけれど、コンテストに勝つために急いで作り上げた。


だけど、クノさんはそれを『さよならストライク』に替えたいらしい。


この曲はテンポが速く、ミハラさんのドラムだとクノさんが走りがちになってしまうし、曲調も暗い。

ファンの間では人気な曲であるものの、初見のお客さんにはあまりウケない。


ただ私は、一番クノさんらしい、そして、透明ガールらしい曲だと思っていた。


「ミハラ、行ける?」


クノさんがそう問いかけると、ミハラさんは、

「うん。透明ガールの中で一番練習した曲だから」と力強く答える。


「よっしゃ、背中は任せたわ」


得意げな顔で、クノさんはミハラさんの肩を叩いた。


「あと、美透!」

「はいっ」


クノさんに突然ギロリとにらまれ、背筋がぴんと伸びた。


「お前こそいつも通りやれよ」


ぎく。密かに緊張していたのがバレていたみたいだ。

その証拠に何度もチューニングの確認をしてしまっていた。ばっちり合っているのに。


「はい! ががが頑張ります!」


ガチガチながらも大声で答えると、二人はぷっと笑った。


前のアーティストの演奏が終わり、「次、透明ガールさん、お願いします」と係の人が楽屋のドアを開けた。


「俺らのライブをすっぞー!」「おー!」


三人で円陣を組み、気合を入れてから、ステージへ向かった。



フロアには関係者さんたちと、ぽつりぽつりライバルバンドの人もいる。

いつもと違う空気。だけれど、私たちはいつもと変わらない。


ミハラさんの「せーの!」という合図で、いっせいに三人で爆音を響かせる。

間髪入れずに、クノさんは早口で挨拶する。


「透明ガールってバンドです。よろしくお願いします」


さあ、ライブの始まりだ。






< 163 / 183 >

この作品をシェア

pagetop