初恋エモ
クノさんはきっと翠さんを大切に想っているはず。
葉山さん不在のため、しばらくバンドの練習はないんだし、できるだけ一緒にいてあげたらいいのに。
そう思い、「普通に、翠さんが心配なので」と口にしたが。
「あー。あいつたまにメンタル落ちるから。お前は気にしなくていーよ」
「うーん。そうじゃなくて……」
翠さんがこの部屋から飛び出した時、クノさんは追いかけてこなかった。
後で聞いたら、あの時いい歌詞が思いついたため、ノートから離れられなかったとのこと。
自分の前髪をくしゃりとつかむ。
『クノさんと音楽をやっている私』としては、理解できる理由だ。
でも『翠さんの友達としての私』にとっては、腑に落ちない。
「好きならちゃんと捕まえとかないとって思っただけです。翠さん、気づかないうちにふわっと消えちゃいそうなイメージなので」
そう伝え、バタン、と強めに扉を閉じた。
薄い雲がかかった冬の夜空の下。
頭がごちゃつかないよう、猛スピードで自転車をこぐ。
しかし、自宅近くの信号で止まった時、やっぱり不安になった。
クノさんに余計なことを言ってしまったかも、と。
ため息をつく。白い息が広がると同時に、スマホが震えた。
「あ、え、えええ?」
ミハラさんからの着信だった。スマホを落としそうになりながらも、通話をタップした。
『美透ちゃん、今大丈夫?』
『はい!』
『あのさ……』
ミハラさんとの通話を終える。
――どうしよう。どうしよう!
さっきの出来事はどこへやら、自分の意識が全然別のとこにいってしまった。