初恋エモ


次の曲が始まる。相変わらずいつもよりクノさんの歌声は響いてこない。


間奏に入り、クノさんはマイクから一歩下がりギターをかき鳴らす。


この曲は音を切って、鳴らして、切ってが続く。

目を合わせ息を合わせて、ノリを作る。


さえないクノさんのギターは置いておいて、葉山さんと二人で息をぴったり合わせた。

お客さんも私たちに合わせて首を振っている。いい感じだ。


難しい箇所が終わり、クノさんとようやく目が合った。


――女にフラれて調子崩すなんて、女々しいやつ!


目を覚ませという気持ちを込めて、思いっきり舌を出した。


すごい顔になっていたかもしれない。

クノさんは目を見開いてから、軽く吹き出す。


もう一つ、今のクノさんにムカッときたことがあった。

ライブの高揚感からか感情が抑えられなくなる。


――いつも私がミスするとすぐ怒るくせに。ふざけるな!


一瞬だけベースから左手を離し、中指を立てる。

さすがにクノさんもイラッとしたのか、すぐ鋭い目つきになった。


その顔は、いつものクノさんだった。


嬉しくなり、口元から笑みがこぼれた。


「後で覚えとけよ」


口パクでそう言われ、少しだけビビったけれど。

いいライブをするためには、クノさんに全力を出してもらわなければならない。


そこからはクノさんも調子を戻し、歌声が大きく出はじめた。

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