彼女は実は男で溺愛で

「それは、だって。染谷さんだから」

「俺だけ? 本当に? 佐竹には?」

「え、佐竹さん?」

 声が裏返り、もしかして、が現実味を帯びる。

「あの、間違っていたら、すみません。悠里さんの想い人って」

 ゴクリと喉を鳴らし、染谷さんを見つめる。

「もしかして、佐竹さんですか?」

 目を見開いた彼は力なくうなだれ、乾いた笑い声を転がり落とした。

「ハハ。俺って、そんなに惚れっぽく見える?」

「いえ。そういうつもりじゃ」

 頭をガシガシとかき、彼は前髪をかき上げた。
 その仕草が男っぽくて、ドキンと胸が飛び跳ねる。

「俺、大切な子はひとりしかいないよ」

 真っ直ぐに見つめられ、私だと言われたわけじゃないのに顔が熱くなる。

「す、すみませんでした。ミーハー心を抑えられなくて」

「うん。俺も呼び止めて悪かった。俺の頼みたい仕事は後で構わないから。議事録作成、頑張って」

 私は染谷さんに一礼して、会議室を出た。

 こっち側の彼に会うと、調子が狂う。

 俳優さんになったら、彼でも彼女でも賞が取れそう。

 なんだか全くの別人みたいだ。
< 116 / 390 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop