彼女は実は男で溺愛で
「さあ、俺たちも帰ろうか」
「えっ。でも、お店予約したんじゃ」
アパートへ帰ろうとする彼に、問いかける。
「よくある痴話喧嘩に、付き合いきれないからね」
染谷さんは苦笑する。
けれど、その顔は優しくて。
「よく、あるんですか」
「ああ、新入社員の頃、彼女が女性社員といざこざがあった時にプロポーズしてから、度々」
「え」
私は彼の『悠里さん』としての、ほんの一部分しか知らなかったのだと、改めて思った。
彼は普通に男性として、同期と関係を築いていて。
それは今日みたいに、適度にあしらっても仲良くいられる間柄で。
私に向けるのとは、別の種類の優しい顔もする。
「その時に断られたから、自信がなくなったみたいだな。ん? どうかした?」
柔和な顔をさせ、覗き込むように顔を傾ける彼はいつもの彼だ。
知らない男性から、私の知っている染谷さんに戻った気がして、私も頬を緩めた。
「またひとつ染谷さんを知りました」
「男には冷たいって? 俺が甘やかすのは史ちゃんだけだよ」
引き寄せられた腕に甘んじて、体を預けた。