彼女は実は男で溺愛で
「はーい。あらあら。史乃」
明るい声がして、扉が開いた。
「おかえり。鍵、持って来なかったの?」
この家から一人暮らしを始めるときに、母に渡そうとしたのに受け取ってもらえなかった鍵。
「あなたの家なんだから、いつでも帰ってきていいのよ」と言われた。
でも、今は私が勝手にズカズカ入って行っていい場所じゃない。
家に入ると、リビングにいた父が穏やかな表情で「史乃ちゃん。おかえり」と微笑んだ。
私は会釈をして、ダイニングの方の椅子に腰掛け、キッチンでお昼ご飯を作る母と話す。
「なにか手伝う?」
「いいのよ。疲れたでしょ。ゆっくりしていって」
母とは会社の話や仕事の話、友達の話も。
心配をかける話は敢えてしないけれど、たわいもない話を止めどなく話す。
こうしていると、数年前に戻った気がする。
母と過ごす何気ない日常。
とても大切な時間だった。