彼女は実は男で溺愛で

 総務課に顔を出すと、案の定「遅い!」と怒られた。
 助言通り「広くて迷っていました」と伝えると「社会人が社内で迷うとは」と、げんなりされた。

 教育担当の人を紹介され、フロアを案内してもらう。
 仕事内容の大まかな流れや、機器の使い方を教わると1日が終わってしまった。

「新人のうちは残業はしないで。研修期間は残業しても付かないの」

「はい」

「そもそも残業は推奨されていないから、研修期間が終わっても、早く帰れるように心がけて」

「はい。お疲れ様です」

「はい。お疲れ様」

 目まぐるしく終えた初日に、ホッと息をつく。
 与えられたロッカーの前で帰り支度をしていると、不意に約束を思い出した。

「仕事が終わったら、ここの休憩室で待ち合わせしましょう」

 行くとは言っていないけれど、仮にも助けてくれた人。
 あの悠里さんが現れなければ、総務課に行くのがもっと遅くなったかもしれない。

 改めてお礼を言っても罰は当たらないだろうと、再び隣のビルへと足を運んだ。
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