一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る
「くそ! あんたのせいで!」
「雅臣!」
ナイフを振りかざして突進していく沢渡さんがスローモーションで見えた瞬間、目の前をなにかが横切っていった。
気がつくと、沢渡さんは地面に転がって伸びていた。
先ほどと同じ姿勢のまま立っている雅臣の前では、白髪交じりの髪にきちんと背広を着た五十絡みの男性が手をぱんぱんと払っている。
「遅いぞ、坂城」
「申し訳ありません。周囲に危険がないか探っていたので」
沢渡さんを投げ飛ばした執事の彼は私を振り返ると、いつもと変わらない生真面目な表情をした。
「災難でしたね、奥様。お怪我はありませんか」
マナー講習を受けていたときには聞いたことのないような、柔らかい声だった。