負け犬の傷に、キス
ナイフを目で追いながら走り出した。
テーブルを飛び越え、2人が傷つく寸前。
ナイフの持ち手の部分をピンポイントで蹴り飛ばす。
ナイフは先端から壁に突き刺さった。
ギリギリセーフ!
あー、間に合ってよかった。
「き、希勇くん、すごいね」
「すごくないよ。すごかったら血なんか流させなかった」
夕日ちゃんの両腕に巻き付いてる縄をほどいたあと、傷のついた首をそうっと撫でる。
傷ひとつつけたくなかった。
ごめんね。
「わたしは大丈夫だよ」
こんなのへっちゃら!
そう明るく一笑された。
夕日ちゃんの優しさに俺はいつも守られてる。
「津上さ……、あ、あた……あたし……っ」
「……辻先生」
鮮血の浮かぶ夕日ちゃんの首に華奢な手が伸びる。
その手を夕日ちゃんは両手でくるんだ。
「辻先生」
もう一度。
強く、強く。
名前を呼んだ。
「……ずっと、」
青白い頬に大粒の雫が流れた。
「ずっと……、ずっと、ずっと寂しかったの」
へたりこんだメガネの女性は空いてる手で雫を拭い取る。
けれどまたすぐに雫が伝った。
「夫と息子がいても恋しくて、どうしても心が埋まらなくて……毎日いろんな人と遊んでた。それでも物足りなかった。孤独感が消えなかったの」
生まれ育った環境に愛がなかったのか、これまで味方と呼べる人がいなかったのか。孤独感がそれほどまでに植え付けられる原因は考えればいくらでも思いついた。
本当はそうじゃなかったとしても、一度思い込んだらなかなか抜け出せない。
俺もちょっと前までそうだった。