負け犬の傷に、キス
メガネの女性の表情がぐにゃりと曲がる。
下唇を噛みしめた。
赤いリップの上に血がにじむ。
「返して……あたしの、返せえええ!!!」
怒り狂った女性はユキを押しのけ立ち上がった。
博くんのほうに迫っていく。
初めて女性が殺意を放ったというのに、博くんは微動だにしない。
博くんの前に、薫と柏が立ちふさがり。
俺はメガネの女性の行く手をふさぐ。
「先生っ! 辻先生……!!」
ユキが動くよりも早く、夕日ちゃんが女性にうしろからしがみついた。
「離して! 離してよ!!」
「辻先生が苦しんでるのはわかります!」
「わかってるなら……!」
「でもっ!」
細い腰に回した両腕をいっそうきつくした。
「辻先生のせいで苦しんでる人もいるんです!」
「っ!」
「それでも……たしかにわたしは辻先生に救われました」
夕日ちゃんから逃れようと暴れていた女性の体が、電池が切れたように鎮まった。
数秒の静寂。
心臓が締め付けられた。
「辻先生に必要だったのは本当に“薬”ですか? 違いますよね?」
返答はなかった。
赤い唇の端から本物の“赤”がこぼれていく。
夕日ちゃんは腕をほどいた。
「今なら背中を押せます。無責任だってかまいません」
とん、と女性の背中に両の手のひらを添えた。
「辻先生、どうか、頑張ってください」
「……っ」
「わたしも頑張るのは苦しかったです。でも乗り越えたら変われました。きっと辻先生も変われますよ」