君のキスが狂わせるから
3.縮まる距離
 翌朝の私は、昨日のことを思い返してしまい、なかなかベッドから起き上がれずにいた。

(自分から帰るって言ったんだけど……本当は、もう少し一緒にいたかったな)

 思いがけず深瀬くんに誘われて海へ行ったものの、まさか彼の失恋話を聞くはめになるとは予想外だった。
 それでも共有できる深い話題を持てた感じがして、嬉しくないわけではない。
 普段は見せない深瀬くんの邪気のない笑顔や、寂しげな甘えた表情などを思い出し、胸がきゅんと切なくなる。

 何歳だろうと、恋の始まりというのはこういう気持ちになるのだな……と思ったりする。

(深瀬くんて、なかなか心を開かないイメージだったけど。許せる人だと判断したら、結構どっぷりハマってしまう感じなのかな)

 完璧な容姿、回転のいい頭脳、さらには女性を優しく扱うマナーもしっかり身についている。
 今まで色々な人と出会ってきたけれど、深瀬くんほど思慮深く行動できる男性を私は知らない。

(どういう理由で振られたんだろ)

 尋ねてみたかったけれど、さらに落ち込ませてしまいそうで、とても聞けなかった。
 『子どもっぽいですか』と何度も聞いたことを考えると、それを理由に振られたのかもしれない。

(気にするほど子どもっぽさはないけどな。むしろ年齢よりはずっと思考が長けてるというか……達観したような空気すら感じるけど)

 仕事上での失敗は最小限だし、例え失敗してもその立ち回りは毎回社内でも噂されるほど素晴らしい。
 少なくとも会社での彼は“子どもっぽい”という言葉とは無縁のように見える。

 無敵のように見える社内の王子的存在である彼が、失恋で顔色を悪くするほど落ち込んでいたと知ったら誰もが驚くに違いない。

(まあ、当然この話は誰にもしないけどね)

 そこまで考えると、私は意を決して起き上がり、顔を洗うためにベッドを降りた。
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