君のキスが狂わせるから
「今日もヨガだったの?」
「ええ、まあ」
「頑張るわねえ」

 一人で夕飯を食べていたところにかかってきた電話から聞こえるのは、村上美桜( むらかみみお)先輩ののんびりとした声だ。

 彼女は私より二つ先輩で、今勤めている会社で知り合った。
 広報部にいた彼女が好きに仕事ができないと言ってフリーのコピーライターになったのはもう5年も前の話だ。

 浮いたり沈んだりの不安定さはあるものの、やり甲斐はあるとのことだった。5年の間に結婚も離婚もしており、そのバイタリティには感服するばかりだ。

「そんなにヨガに夢中ならインストラクターにでもなればいいじゃない」
「気楽に言わないでくださいよ。インストラクターになるのだって簡単じゃないんですよ?」

 講習だけでも受けてみようかと思ったことはあった。
 でも、それを仕事にしていけるのかという自身へ問うた時、自信のある答えが見えなかった。

「瑠璃ちゃんはもっとチャレンジしてもいいと思うなあ。ずっとあの会社にいたんじゃ、出来ることが限られてるでしょ」

 痛いところを突かれ、一瞬言葉が出なくなる。

「ま…ぁ、そうですけど、私は分相応のところで働いているだけですよ」
「ふーん……瑠璃ちゃんがそれでいいならいいけどね」

(悪気はない。先輩に悪気はないんだ…根は優しい人だし)

と思い聞かせるも、平日に美桜先輩と話すのはちょっと疲れる。

 それでも、一緒に仕事をしていた頃にお世話になった恩を考えると、この関係を遠ざけようとも思えないのだった。
 元彼を紹介してくれたのも美桜先輩だったけれど、結局私はその縁を結ぶことができなかった。

(結婚式場の下見まで付き合ってくれたんだよね。面倒見がいい人なんだ……ちょっとだけお節介なところがあるだけ)

 電話の最後に「今度ランチしようよ」という誘いには適度な返事をし、私はお風呂に入ることを口実に電話を切った。
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