君のキスが狂わせるから
4.知ってしまった温もり
 次の日のヨガ講習での私はやや集中に欠けていた。
 ミホ先生にも心配され、講習が終わった後、声をかけられてしまった。

「愛原さん、今日は体調が悪かった?」
「いえ、ちょっと…精神的に集中しづらい感じで」

(落ち込んでる理由は言えないけど)

「調子がいい日もあれば、悪い日もあるわよね」

 私に悩みがあるようだと察したミホ先生は、落ち着いた声で言ってくれる。

「悩みがあるのも生きている証拠。いつか、悩みそのものも愛おしいと思える時がくるわよ」
「……そうですね」

 ミホ先生の声を聞くと胸の奥がジンとして涙が出そうになる。
 この方は、きっとヨガを習得する中でご自分の苦しみもたくさん超えてきたんだろう。

(こんな風に、全てをしなやかに受け止めたり受け流したりして…そうやって生きていける日が来たらいいな)

「ありがとうございました」

 私が笑顔になったのを見て、ミホ先生は安心したように微笑んで更衣室を出て行った。

***

 身支度を整えてスタジオを出たのが21時10分前だった。
 あまりみっともない顔は見せられないと思ったけれど、バッチリメイクをすることもできず、ほぼすっぴんの状態で約束の飲み屋へと向かった。

(一応肌の手入れは入念にしているし、眉と口紅だけでいいよね)

 30歳になってから、私は20代の頃より念入りなメイクはしなくなっている。
 どんなに表面をコテコテ飾っても、綺麗さはテクニックだけではダメだと感じたからだ。

 姿勢や表情など、鏡を見なければ自覚できない部分を気をつけるだけで見た目年齢は変われる。
 そう信じて、ヨガにも積極的に取り組んでいる。

(実際、どれくらい効果が出てるかは、わからないけれどね)
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