君のキスが狂わせるから
(やっぱり、深瀬くんの気の迷いなんじゃないかな)

「駄目だよ……」
「駄目? 駄目なのに、なんでそんな顔をするんです。分からないな……女の人ってどうして、心と違うことを言うんですか」
「……それは」

(傷つきたくないからだよ。別に皆、本当に離れたくてあなたを遠ざけてるわけじゃない……少なくとも私はそう。あなたに本気になったら、きっと引き返せなくなる)

 言葉を失っていると、正面からふわりと抱きしめられた。
 瞬間、顔を覆っていた冷たい空気が息で熱くなり、胸の奥にまでその熱がじわっと滲みてきた。

「駄目って……言ってるのに」
「なら思いっきり拒絶すればいいでしょ。これくらいの力なら簡単に逃れられますよ」
「……っ」

 ずるい人だ。
 こうすれば大抵の女性が逃げられないことを、彼は本能で知っているんだ。

「ずるいね」
「どうとでも言ってください。好きな人の前では俺、ちょっと悪くなるんで……許してください」

 低い独特のテナーボイスで囁くと、彼は温もりを確かめるようにしばらくの間私を抱きしめていた。

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