君のキスが狂わせるから

 なんとなく無言のまま電車に乗り、ふわふわ夢の中を過ごしているような感覚が続いていた。
 その間も私たちの手は繋がれたままで、それがより夢心地を大きくさせる。

(私なのに、私じゃないみたい。どこか不自然な気がする)

 その居心地の悪さが一体どこからくるのかは分からなかったけれど、深瀬くんと二人きりになれて嬉しいという気持ちを手放しで喜んでいない私がいた。

 ぼうっとしたまま、2回ほど電車を乗り換えただろうか。
 気がつくと私と深瀬くんは、江ノ島駅の前に立っていた。
 ほぼ終電だったこともあり、一緒に降りた人はまばらだった。

「どうしてここに?」
「瑠璃さんとちゃんと会話できた初めての場所だから」

 握っていた手を離し、深瀬くんは一人で海岸がある方へ歩いていく。
 私は急いで彼を追いかけ、一緒に砂浜へ降りた。

 以前見た時より風が強かったせいか、水面は波の白さが際立っている。
 闇の中に浮かぶその白い泡はどことなく幻想的だ。

「昼と夜って海の顔は随分違うよね」

 そう言いながら、私はさくっと砂の上に足を踏み出した。
 昼に温められたはずの砂は、もうひんやりとして温もりは伝えてこない。

「瑠璃さん」

 深瀬くんが私の言葉など聞いていないかのように話しかけてくる。

「何?」
「花見の席、抜けてきたこと後悔してるでしょ」

 深瀬くんの言葉を聞いて、はじめて自分の中にあった違和感に気がついた。
 いい子ちゃんを止めようと決心したばかりなのに、私はすでにその行為を後悔していたらしい。

(私って、どうしてこうなんだろう)

「何を後悔してるの。俺と一緒に抜けること選んだんでしょ?」

 試すような質問に、私はいつもの年上モードにスイッチが入ってしまった。

「確かに決断したのは私だよ。ただ、後悔してるのも本当だよ。だって、大人として……」
「違うでしょ」

 嗜めるように言った深瀬くんの言葉は、凛としていて私の言葉を止めるに十分な力があった。
 黙った私を、彼は優しい瞳で真っ直ぐに見つめる。

「“大人として“じゃなくて。瑠璃さんは、“人として“心を痛めてる。そうじゃないの?」
「人として……」
「幹事の人に申し訳ないって思ってるんでしょ」

 そうだ。花見の席を用意してくれて、自由に酔うこともできずに皆のお世話をしていた幹事の人数名に対してすごく申し訳ない気がしている。

「そうかも」
「それで、瑠璃さんは明日どうする?」
「明日は…朝一番で、幹事の子には謝りたいと思ってる」
「……そうしたら相手の人は許してくれそうですか」
「わからない」

 もしかしたら、そんなこと気にしてたのって笑うかもしれない。
 でも、何も言わずに帰るなんて無責任だなーって思っているかもしれない。

「どんな反応でも、私が悪いんだから受け入れるよ。話して理解してもらえない人じゃないと思うから…」

 そこまで言ってハッとなる。
 『大人として』じゃなく『人として』という基準で見るのは、年齢は関係ないんじゃないかと。

(私は“世間様“を理由に自分をコントロールしようとしていたのかもしれない)

 愕然としている私の髪を、深瀬くんが大きなてでそっと撫でてくれる。

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