私立秀麗華美学園
*追加エピソード

「別に、怒ってへん」

「別にっ、ぜーんぜんっ、怒ってなんか、いませんけどおおおおおお?」


食堂に響きわたる声。
内容とは裏腹の、明らかなマイナス感情を含んだ声色だが、振り返る生徒は誰もいない。春休みの早朝の食堂は空っぽで、貸し切り状態だった。

つい先ほどここに戻ってきたばかりの俺とゆうかの目の前で、猫毛のツインテールがぴりぴり揺れている。


「和人を試すためのおっきな企てのために? ゆうかが仮病使ってて? 肺炎とかも全部嘘で? 幸ちゃんとかいう子も一枚噛んでて? 誘拐も嘘で? 死ぬほど心配したのに嘘で? だけど雄吾は全部知っとって?」


腕も脚も組んで小さな姿でふんぞり返ってまくし立てる咲の隣では、もちろん雄吾が、さすがに苦笑いという表情で頬杖をついていた。


「あたしだけ何にも知らんかったって聞いても、別に、怒ったり、してませんけどおおおおおお?」

「…………だから、ごめんって。咲に申し訳ないとは、思ってたけど……」


膝の上で両手を重ねた慎ましい姿で、ゆうかは何度目かの謝罪を口にする。

俺とゆうかが約1か月ぶりに、森の奥の旅館で再会したのが、昨日の昼過ぎのこと。
その後俺たちはバスで、元いたホテルに送られたのだったが、咲と雄吾はあの場所から直接学園に戻ってきたらしかった。

どっきりだったとはいえ笠井家の内部抗争の収拾をつける役割も負っていた今回の事件。ただ俺たちの友人として顔を出していただけの2人にとっては、幕引き後も居座ることはためらわれたのだという。

だから咲がゆうかと言葉を交わすのは、ゆうかが仮病で学園を去って以来のこととなる。
ある程度の恨みつらみを覚悟の上で帰ってきた俺たちは、大人しく咲の前で頭を垂れているのだった。


「別に謝ってもらう筋合いもありませんしいいいい」

「じゃあどうしたら許してくれる?」

「だから怒ってもいませんしいいいい」

「咲」


優しい笑みを含んだ雄吾の柔らかい声に、俺たちからそむけれられていた咲の視線が、ちらりと泳ぐ。


「そろそろ素直になっておかなければ、折れどころがわからなくなると、俺は思うんだがな」


もっともらしい雄吾の意見に、咲は口をへの字に曲げて引き結ぶ。組んだ腕の端で、爪を立て始める。


「あたしっ、別に、」


咲は、確かに怒ってはいなかった。組んでいた脚が解かれて素早く立ち上がる。両手で、バァンっと机を叩いた、咲は、ただ、


「ざみじがったよおうううううぅぅぅ!」


拗ねていただけだった。
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