私立秀麗華美学園
宥めようと立ち上がったゆうかに、ダムを決壊させた咲が抱きついて離れなくなってしまったため、雄吾がゆうかと席を替わった。
肩に顔をうずめる咲と、その背中を優しく叩く手をテーブル越しに見ながら、俺たちは安堵のため息をつく。


「おとといの夜から大変だったんだ」

「進とみのると、5人で話してた時には、咲はまだ知らなかったんだよな。っつーか逆に、雄吾は全部わかってて俺の頭整理しようとしてくれてたんだよな」

「俺と咲がホテルに行くことは、元々予定されていたわけではない。ただ咲があんまりしょげていたし、俺も気になって仕方なかった。稔さんに交渉したら、すんなり和哉さんに通してもらえてな。
ただゆうかからの手紙のことは俺たちも知らなかったから、相当驚いた」

「シナリオ破って行動する人間多すぎなんだよ」


なんてったって、うちの親父さえも勝手に会いに来てくれたわけだしな。


「それにしても、本当にお世話になりました。雄吾が実は全部知ってたって聞いても、別に驚きもしなかったけど、いつからだったんだ?」

「……バレンタインよりは前だったか」


バレンタインより前……デートの前日、真剣に俺の服装を選んでくれたことを思い出した。ゆうかの思惑を理解してのことだったのか。


「ゆうかが仮病で出て行ってから、対処に困ったよ。予想はしていたがお前の落ち込みようといったら……俺の意見でお前が動くことは避けたかったから、力になることもできず。その代わり笠井を焚きつけてみたのは、勝手な判断だけどな」

「あーあのタイミングで進に救われたのはでかかった……結局零さんに助言もらっちゃったけど」

「それも人徳のなせることだ。お前がストーカーのごとく電話をかけ始めたのはそれがあってからだったか。ちなみに稔さんが部屋以外からの電話にも出なかったのは、俺が事前に知らせていたためだ。今和人が公衆電話に走っていきましたよ、と」

「それで同じ時間にかけるようにとか助言してきたのかよ……将来、雄吾に裏切られたりしたら俺は一瞬で破滅するだろうな……」

「そうはならないことを願うばかりだ」


こんなことがあってもなお、いやあったからこそ、これからも俺はこの男を信頼し続けてしまうだろう。

友達だから。本当は、そんな甘い考えを信念みたいに掲げることが許される世界ではない。

それを知ってはいても、しばらくは。
俺たちがまだ学生で、護られ、猶予を与えられている間だけは。

綿菓子みたいな、甘い雲の中で、無条件に。相手の表情が笑顔であることを、信じていてもいいだろう。
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