クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい

 午後、夏久さんは家に着く三十分前には連絡を入れてくれていた。既に準備は万端だったけれど、その三十分という時間を与えてくれたことに感謝する。

(ドキドキしてきた)

 夏久さんと顔を合わせるのは数時間振りで、別に緊張する必要はこれっぽっちもない。それにこれはただの散歩であって、本番の遊園地デートとはわけが違う。
 私だって遊園地の日ほど意識しているわけではない――はずなのだけれど、どうにもそわそわして落ち着かなくなる。

 こんなに浮ついた気持ちになるのは、ひとり暮らしをすることになったあの日以来かもしれない。
 生まれて初めての夜遊びをするのだと、未知の経験に胸をふくらませたものだった。

(それが、まさかこんなことになるなんてね)

 あのときの私は自分の結婚なんて想像もしていなかった。まず、誰かを無事に好きになれるかどうかさえわかっていなかった。
 たった一晩。ほんの数時間。人生が変わるのは自分が思っているよりもすぐなのだと、あの日に思い知った気がしている。

 刻一刻と夏久さんの到着時間が迫っていた。
 もし事前に言われていなかったら外で待っていたに違いない。あるいは、会社まで迎えに行っていたか。
 時間の進みの遅さに焦れながら、おとなしくソファで待つ。
 やがて、待ちわびた瞬間がやってきた。
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