クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「さすがに夜景を見たことはありますよ」
「なんだ、初めてじゃないのか」
「……初めての方がよかったですか?」
「どうだろう。……そうかもしれない」

(どうして……?)

 聞きたいけれど、聞くのが少し怖い。
 夏久さんではなく窓に身体を向け、ぺたりと手をついた。

「私は初めてじゃなくてよかったです」
「……どうして?」

 私が言えない言葉を、夏久さんはあっさりと口にしてしまう。
 それもずるいと思ってしまって、窓の外に集中する振りをした。

「だって、思い出になっちゃうじゃないですか」
「…………」
「……楽しかったけど、今日のことは忘れたいです」

 嘘だ、と自分で自分に言う。
 忘れたくはない。忘れた方がいいと思っているだけで。

 夏久さんはなにも言わなかった。
 ずるいと思う気持ちが強すぎたからか、嫌なことを言ってしまったかもしれない。
 けれど、どう言葉を紡げばいいか思いつかなくて口を閉ざす。
 観覧車の進みというのはこんなにもゆっくりなのだろうか。
 まだ、ようやく四分の一ほどと言ったところである。

「俺は」

 また、夏久さんの方から話しかけてきた。

「俺も……たぶん、遊園地に来たかったんだと思う」
「え?」

 話が繋がっていなくて、外から夏久さんに視線を戻してしまった。
 私を見つめる瞳に気付いて心臓が小さく音を立てる。
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