クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 言い方が悪すぎた。
 彼女を残して部屋に入り、閉じたドアにもたれる。

(料理なんていいから、自分の身体を大事にしてくれ)

 そう思っていたのはたしかなのに、心のどこかに残っていたのは“騙された”という苦い思い。そのせいで対応がきつくなる。
 妻になることが彼女の策略なら、妻らしく振舞うこともまた演技のひとつでしかない。
 だから手料理を嬉しいと思ってしまうことも間違っている。

(……これが、君の本心からの好意だったらよかった)

 必要以上に冷たく当たる必要はないはずなのに、まだ惹かれ続ける気持ちを認めたくなくて突き放してしまう。
 正直なところ、結婚してもどう接すればいいのか答えは出ていなかった。
 なにもかもなかったふりをして、彼女と一から幸せな夫婦になればよいのだろうか。
 それはきっと、自分にとって甘美な日々になるだろう。
 なぜなら、騙されたと知ってなお彼女を抱きしめたいと思っているのだから。
 けれど、一方的な感情を抱くほどむなしいことはないとよく知っている。

(抱きしめた腕の中で、彼女はどんな顔をして笑うんだろうな)

 胸が、痛かった。
 重い溜息を吐いてもたれていたドアから背中を離す。
 部屋の奥にあるデスクへ向かい、側の椅子に座った。
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