年下の男
天使の髪
 うっすらと開いた窓から、夕方の涼しい風が入ってくる。夏のこの時間は好きだ。秋のは嫌い、なんとなく悲しくなるから。住宅街は夕飯の匂いに埋め尽くされ、カラスは鳴き、小学生の群は帰路につく。夏のは、そうじゃない。昼が長いから、世界が生きてる感じがする。蝉の鳴き声、プールから帰ってくる子どもたち、ほんのちょっとだけ、ゆっくり夜がやって来る。ためらいながらやって来るから、怖くない。
 目覚めたばかりのぼーっとした頭で、テレビをつける。頭の半分だけニュースを聞いて、もう半分は二度寝することを考える。天気予報が終わる頃には仕事モード。シャワーを浴びて化粧をする。今日はいつもより気持ち強めのパパっとメニュー。化粧が強いんじゃなく、手抜き強め。
 部屋中の電気を消して外に出る。今日も遅刻気味、でもいい。行くだけ偉い。言い聞かせながら、電車に乗る。
 行列を作る向かい側のホームを、少しだけ羨ましく思う。満員電車は嫌だけど、そうじゃなかったら寂しくないかもしれない。

 お客さんへ営業メールを何通か送ると、だいたい目的地に着くまでにはメールが返ってくる。今日は行けないから金曜の夜は? 今日11時でもいいかな? 良かったらご飯でもしない? 今日会社の飲み会だから、後輩も連れて行くよ(^-^)/
 そんなメールばかりだったらいいのに。イラつくメールに片っ端から舌打ちをして、横に座っていた男の子がチラ見する。若いんだろうな、いくつかな…22か、23…いや、もっと若いかも、逆に。やっぱ22か、うん、そんくらい。

『君、いくつ?』

突然私に話し掛けられて、男の子は目を丸くした。というか、丸い目がかわいかったからそう書いただけ、文字通り。

『あ、は、はい、ニ、ニにニ、にジゅウ、です…』

オドオドしちゃって。

『22歳?』

『いや、ニジュウ…』

ハタチ?!

はぁ~…ハタチか、ちょっと老け顔だけど、確かにそうかも。肌のキメ細かいし、顎周りがちょっと剃刀負けしてる。

『そっか、ハタチか。年上に見られるでしょ?』

『いや、どうでしょうね…ん、まぁどちらかというと』

『そっか』

新鮮かも、こういう普通の男の子と話すのなんて。
なんか、ワクワクする。知らない人とこの時だけ、この一瞬だけ。仕事でもないのに。
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