人形魔王は聖女の保護者

聖女と勇者

 酒場でお腹いっぱいのご飯を食べためぐみとメデュノアは、宿屋に戻る。
 新規で泊まることはできないが、戻ることならば夜中でも問題はなかった。

 そしてふと、めぐみは気付く。

 ――ベッド、ひとつしかない!
 まさか人間になったメデュノアと一緒に寝るわけにはいかず、どうしようとベッドを見つめるめぐみ。
 どうしようかなとあわあわしていると、メデュノアが「どうした?」と声をかける。

「昼寝したから、眠くないのか?」
「いや、そうじゃないんだけど……」

 ――わからないのか!?
 いつも通りの保護者様は、めぐみが恥ずかしがっていることなどまったく気にしていない。めぐみを女性としてみていないからか、それとも本当にこの状況に気付いていないのだろうか。

「なら――早く寝ろ」
「わわっ!」

 すっとメデュノアがめぐみを横抱きにして、優しくベッドへとおろす。「ひぃっ」とめぐみの口から声がもれたのを見て、メデュノアはくつくつと笑う。
 めぐみはどきどきと心臓が高鳴るのをどうしてもとめられなくて、顔を赤くする。

「何だその声は。いいから、早く寝ろ」
「え、でも――ノア?」
「俺はこれで十分だ」

 ベッドからゆっくりと離れて、メデュノアは部屋の隅に置いてある椅子へ腰掛ける。ベッドに入らず、椅子に座って休むということだ。
 しかし、それでは体が休まないだろう。めぐみが心配そうに見つめれば、「一緒に寝たいのか?」とからかうようにメデュノアが笑う。

「そ、そうじゃないけど、だって……ノアだって疲れてるでしょう? お金だって、ノアが――」
「めぐみ。俺は鍛えてるから、別に数日徹夜をしても問題ない」
「数日って」

 ――さすがにそれは、誇張しすぎじゃないだろうか。
 確かに、メデュノアは魔族だと言っていたし。魔法も強いし、頼りがいがある。
 しかし、自分1人だけがぬくぬくとベッドで寝るのも悪い。そう思いメデュノアを見れば――。

「え、寝てる?」
「…………」

 綺麗な瞳は伏せられて、その顔は少し伏せられていた。

 ――まさか、寝るの早すぎるでしょう!
 どきどきしていた自分が馬鹿みたいだ。そう思って、めぐみは素直にベッドへと潜り込む。
 白銀の髪をもつメデュノアを眺めて、綺麗なそれを少し羨ましく思う。「おやすみ」と小さく呟いて、めぐみはゆっくりと目を閉じた。
 睡魔はすぐに訪れて、めぐみはほんの数分で夢の中へと旅に出る。

「おやすみ、めぐみ」

 だから、めぐみは知らない。
 優しい声で眠りの挨拶を返した、メデュノアの声を――。



 ◇ ◇ ◇

「セレイツ様、この街に聖女様がいらっしゃるのですか?」
「ああ。めぐみはここにいる、間違いない」

 先日、隣の村で起こった大きな光。
 それは間違いなく、めぐみの浄化によるものだ。すぐにそれを理解したセレイツは、港街まで急ぎ馬を走らせたのだ。
 夜通し馬を走らせていたため、今はもう朝日が昇っている。

 一度別荘へ戻り、体勢を立て直した方がいいだろう。
 そう判断をしたセレイツが、馬を走らせようとして――視界に、めぐみの姿を捕らえた。

「幸先がいいね――」

 めぐみは、早くに目が覚めたため一人で朝一へと足を運んでいた。
 椅子で寝ていたメデュノアはいつの間にか人形にもどっていて驚いたが、すやすやと寝息を立てて休んでいるようだったのでそっと抜け出してきたのだ。

 るんるん気分で装飾品など見ている姿は、召喚したときとかわらないめぐみだ。

 セレイツはゆっくりと背後に近づいて、めぐみが見ている商品に視線を落とす。
 それはレースが付いた可愛らしいリボンだった。淡い色のそれは、めぐみの黒髪にとても似合うだろう。
 しかし、値段へ視線を落として「うーん」と悩んでいた。自分に言えばこれくらい買ってあげるのにと思いながら、セレイツはその装飾品を手に取った。

「――え?」
「主人、これをもらおう」

 めぐみの背後から手を伸ばし、そのまま金貨を店主へと渡す。「釣りは不要だ」と言い、セレイツはそのままめぐみの手を取って歩き出す。
 もちろん、突然の出来事にめぐみは焦りしかない。
 こっそり城を抜け出し、十日以上見つからずにいたのだ。それが、ここにきてあっさりと見つかってしまうとは思わなかったのだ。

 ――嘘、どうしよう。ノア……っ!

「……」

 無言でめぐみを抱き上げ、自分が乗っていた馬に乗せてその後ろへセレイツも乗り上げる。

「あの、セレイツさん……っ! や、やめてください!」
「うん? 馬は苦手だった? ごめんね、すぐにつくから、少しだけ我慢して」

 下りようと抵抗するめぐみを押さえて、セレイツは優しく声をかける。「大丈夫」だよとめぐみをあやすように、先ほど購入した髪飾りをめぐみの黒髪に付ける。

「うん、やっぱり似合うね」
「……っ!」

 ――どういう、つもり? 逃げだした私を、怒ってないの?
 変わらず優しい態度のセレイツに、めぐみは困惑してしまう。城のお金を持って逃げたのに、まったくそのことについて触れてこない。

 不安なめぐみの胸中とは関係無しに、馬は目的の場所へたどり着いた。
 この街で、一番大きな屋敷だった。

「ここは別荘として使っている屋敷なんだ。めぐみもゆっくりできると思うよ」

 優しく微笑んで、セレイツは馬からめぐみをおろす。

「迎えにくるのが遅くなってしまってごめんね、怖くなかった? めぐみの世界は、ここと随分違うでしょう。だから、心配していたんだ」
「え、えっと……。私は……」
「うん?」

 まったく怒っている雰囲気を出さずに、セレイツはめぐみを抱き上げたまま屋敷へと入る。豪華な扉は従者が開き、セレイツは腕の中に閉じ込めためぐみにだけ気を向ける。
 迎えにきたと言うセレイツは、めぐみが嫌だと思い逃げ出したという考えを持ち合わせていないのだろうか。か細い声で「おろしてください」というめぐみをなだめ、セレイツは階段を上っていく。
 涼しそうな青い絨毯が敷かれた部屋に入り、柔らかなソファへめぐみをおろした。

「セレイツさん、私……、一度戻らないと」

 ――ノアが、宿にいる。
 早く戻らないと、心配させてしまう。
 しかしそれよりも、これ以上セレイツと一緒にいるのはよくないと思った。

 逃げろと、めぐみの中の何かが告げる。

「戻る? めぐみの居場所は、私の隣でしょう?」
「私は……協力をしてもいいとはいいましたけど、婚約者になるとか、キスをされるとか――そんなのは、嫌です。だからもう――」
「大丈夫」

 ――え?

 必死でセレイツの傍にいるのが嫌だということを、めぐみは伝える。けれど、セレイツは何を思ったのか、めぐみの頭を優しく撫でる。
 綺麗な顔がめぐみのすぐ目の前にあって、嫌だと思いつつも、心臓はどきどきとしてしまう。

「私はちゃんとめぐみのことが好きだし、大切にするから」
「……っ!」

 ――そうじゃない!
 けれど、突然の告白にどうしたらいいのかわからなくなる。どうしようと、めぐみの頭にはその単語がぐるぐると回る。

「めぐみ、顔が真っ赤だ。……可愛いね?」
「な、あ――ぅ」

 くすくすと笑いながら、セレイツがめぐみの額にちゅっと口づける。
 こんなに綺麗な人に、告白をされたことなどないめぐみだ。どうしたらいいのかわからないうえに、セレイツは構わずめぐみに触れてくる。
 さすがは王子、というところだろうか。すっかりセレイツのペースになってしまうし、逃げたことを怒られるわけでもないので強く出れない。
 体を捻り、ソファから立ち上がろうとすれば、めぐみの手にセレイツの指が絡められる。

「私から逃げないで、めぐみ」
「や、やです……っ!」

 青い瞳が、真っすぐにめぐみを見つめる。
 王子であり勇者であるセレイツの瞳は、めぐみを捕らえて離さない。捕まってしまう。瞬間的に、めぐみはそう感じて体を震え上がらせた。

 しかし、次の瞬間――部屋の窓が音を立てて砕け散った。
 めぐみの保護者を名乗るうさちゃん人形が、窓から飛び込んできたのだ。
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