悲しい魚

真空

演奏するバンドの爆音。
ラウドなギター。
連打するドラムス。
わけわかんないヴォーカルのシャウト。

すべてが消えた。
真空…そんな言葉がうかんだ。

つつっと、
人差し指で、
ライが私の首筋をなぞった。
ベリーショートのアタシの
むき出しの首を。

アタシはのどを撫でられた猫みたいに、心地よさに目をつむる。そのとき、ぬるぬるした唾液のぬくもりが、アタシの右耳を覆った。

「はっ」

思わず、声が出る。
ライの唇が、アタシの耳をとらえたんだ。

みんながいる。
みんながいる。

ライブに熱中してるひと。
ジントニック片手におしゃべりしてるひと。

「見られるよ」

アタシはちいさく、
抵抗する振りをする。

ライは何もいわず、
アタシのカラダを後ろから大きく抱いた。
誰からも見えないように。
そして、
さらにさらに
アタシの耳をむさぼった。
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